東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/16

お知らせ  

僕が日頃からお世話になっている出版社スタジオ セロが
春日出版と社名を変更し 新たなスタートを切っています

way to go →http://www.kasga.co.jp/index.html


いずれは音楽部門の充実も目指すとのこと
僕の方からも 改めてよろしくお願いします

2007/11/16

new carrior, new town  

とある店で私の原稿用紙に反応する方がいた

話してみると 彼女は読書好き
私が日頃読んでいる作家の名前が次から次へと
出てくる 角田しかり 森絵都しかり 
コミックでは渡辺ペコ然り
中島京子の話も飛び出してきて 少なからず驚愕

しかし これが本来の女子であれば”普通”かもしれない
大手の版元を辞めたばかりだというその人は
もうすぐ30歳になります と言っていたが
私には大学生くらいにしか映らない

これも縁ですからと言って名刺を渡して
私は先に席を立ち 帰路に向かう
あの娘の将来はどうなるのかな などと
思案しつつ

私もまた 
自分が30のときを思い起こそうとしていた




2007/11/15

言葉の彼方にあるもの  

路傍の石さんがコメント欄に寄せてくださったように
言葉がないがしろにされているような昨今を
僕もまた 心配している

たとえば
新しいシンガー ソングライターを紹介する記事でも
”この人は何を歌っているんだろう” という
肝心の歌詞について触れられていなかったり
blogでも 書き手の視点がまったく感じ取れなかったり
そんなことを 僕もまた思う

そのことを考え始めると 深い井戸に落ちていく
自分が今している仕事に 果てしない徒労感を覚えたりもする

そのことのグチは もうやめよう

ひとつ言えることは
寒い場所には 寂しく貧しい言葉しか交わされない
ところが
温かい場所には 夢見るような言葉たちが連なり
溢れ出していく

むろん誰の心にも
天使もいれば 悪魔もどこかにタチ悪く居座ってもいるだろう
むろん 僕自身のなかにもだ
一般論は止めよう
作家のノーマン メイラーもまた
”引き分け”を激しく嫌った人だった

問題は そういうエクスキューズの彼方に
何を思い 何を見据えているかだと思う
僕は 出来ることならば もうこれからは
言い訳や迂回をしない人生を送っていきたい

実話をひとつ
ある母親が娘から聞いた話が ひとつ
僕はそのまた聞きっていうわけ

小学校の給食時間に 囲む椅子から仲間外れにされた女の子の物語
その子に その娘は以前こう語りかけた

「こっちに来てもいいよ」

仲間外れの女の子の気持ちは動かない
ちっとも動かない

彼女の娘は ある日 突然気がつく
無意識のなかで あるいは芽生え始めた思いのなかで
娘はその子に こう語りかけた

「こっちに来なよ」

言うまでもなく
「こっちに来てもいいよ」と
「こっちに来なよ」との間には
まったく異なる響きがある
たぶん違う光景が ぐいぐいと広がっていく

「こっちに来なよ」

なんて素晴らしい言葉なんだろう

















2007/11/14

言葉の復権〜虹を追いかけて  コミック、文学

本日は例によって図書館に行く

自分で買った本をわざわざ図書館で読むというのは
本末転倒のような気もしないではないが
自宅を離れるという緊張感が
より読書に集中出来るので
そんな習慣を繰り返している

まず 渡辺ペコのコミック「ラウンダバウト1」(集英社)を
これは14歳 中2の女子〜真と彼女の周囲をめぐる物語
登校拒否の子と真が心を通わせていく「自転車にのって」の編が
僕は とくに好きになった

いったん自宅に昼食のため帰宅後
再び 図書館へ

今度は 中島京子の新刊「冠 婚 葬 祭」(筑摩書房)
を読み始める
冠婚葬祭をめぐる四つから連なる短編集であり
本日は ”冠” にあたる「空に、ディアボロを高く」の
ページを進めていく

地方新聞社の駆け出し記者が書いた成人式の記事
それがトラブルとなり ネットでも ぼろくそに叩かれる
彼らの論調は一様に ”事実に即していない”
記者の上司は首になり
まだ若い記者もまた その地方を離れる手はずを
整えた そんな最後の日、、、

物語は反転し 逆転し
ささやかで 密やかな
そして まるで虹のような収束を描き出していく

中島京子の ”ものを見る眼” の濃やかさは
きっと さざ波となって 読者にそっと訴えかけるだろう
励まされる諸氏も
少なくないはずだ

読み終わって図書館から出た僕は
僕に「ヨシ!」と
言葉を掛けていた

町の時報は やがて
「4時半です」と告げていった




2007/11/14

ちなみに  

前述曲のイメージ(街 日常 自己探求といったもの)は

拙書の新装版のデザインにも ほのめかされている

それを”説明”してしまうのは 読み手の想像力という楽しみを

奪ってしまう野暮なことである

暗喩的に もしくはメタファーとして提示されたもの

それを感じ取ることが きっと

音楽を聞くという行為なのだろう

これは優秀なデザイナー 伊藤美智による

ささやかな勝利であり

僕は とても嬉しく思っている

2007/11/14

第25回〜偽り人  Rock N Roll

忘れ去られたロックンローラーの物語

彼のヒット曲はほとんど1曲のみ
60年代のいわゆる一発屋だ
ビルボード紙の記録では
その曲は61年に1位へと踊り出ている

その「クォーター トウ スリー」を歌ったのが
ゲイリー US  ボンズだ
”アメリカ外貨”という芸名が皮肉といえば皮肉かもしれない

彼にとってそれ以降の人生は 苦渋に満ちたものだった
彼はチャック ベリーにも エルヴィスにも
ジェリー リーにもなれなかった
たった1曲の1位曲を名刺のようにぶら下げて
クラブ回りを続ける日々
彼が場末に置かれたマイクで挨拶する場面を
どうか想像してみて欲しい
「僕は”アメリカ外貨”という歌手です」

忘れ去られたボクサーのように
彼は60年代も70年代もクラブ サーキットを続けた
自虐的にもなっただろう
しかし彼は くる日もくる日も
娘を大学に行かせるために働き続けた
いかがわしいバーの赤い絨毯のもとで
ほとんど歌う動機もないままに

そんな彼を救済したのが
ブルース スプリングスティーンと
彼のE ストリート バンドだ
青年期にボンズの「クォーター」を愛し
プロになってからもしばしステージでそれを
取り上げていたブルースたちは
その歌手に恩義を感じていた

そんな手助けを得たボンズの81年作は
感動的な復活のロック アルバムとなった
アルバム表題は「献身」
ここに何の説明がいるだろう?

とりわけジャクソンブラウンの曲を取り上げた
「プリテンダー」(偽り人)には
ボンズの苦みが溢れている
ボンズの過去があぶり出されている

こと自分のことに立ち返ってみても
認められず 語られず
ほとんど自分の椅子もないままに
弁当と文庫だけを鞄に詰めて職場に行っていた
そんな日々がある

人間とは他人との関係性のなかの産物である
どれだけ自分の矜持を保っていたとしても
他人の無関心のまえでは暗夜を行路するようになる
信念がぐらつく 崩れ始めていく

ロックンロールという無邪気な音楽が
歳月を重ね またブルースとボンズという二人の
数奇な出会いに手繰り寄せられ
年齢に見合うだけのリアルを獲得していく
この「プリテンダー」(偽り人)やアルバム全体には
そんな 何とも言えない真実のようなものがある

そんなことを考えながら
「献身」というアルバム表題のことを
もう一度 口にしてみる
「献身」

ブルース スプリングスティーンという人の
大きなまなざし
形のないものに寄せる共感
そうしたものに触れるのは
いつも そんな時だ



2007/11/12

第24回〜「僕はきみの道を愛している」  Rock N Roll

中古レコード店に勤める青年の日々を描いた
ニック ホーンヴィの
「ハイ フィディリティ」は優れた小説であり
読まれた方も少なくないだろう
レコ屋をしていた宮本くんに言わせると「そんな悠長なもんじゃないっすよ〜」
ということだが
それはそれとして(笑)

その主人公が友達の付き合いかなんかで
あまり気乗りしないライヴに行き
そこでの彼の心模様の移り変わりが
秀逸なのだ

時間稼ぎの前座なのだろう 
いかにも”私はそこら辺の女とは違います”症候群の
女性シンガーソングライターがギターで弾き語る
主人公は思う「けっ、」
僕にも解る 本人はジョニ ミッチェル気取りの、、、

ところがだ
その女性がピーターフランプトンの
「Baby , I Love Your Way」を歌い出す
彼の代表的ラヴ ソングだ
見た目より ずっと澄んだ声で
思っていたより ずっと気持ちを込めて

それを客席で聞いていた主人公は
不覚にも思わず涙を浮かべてしまう
「こんなに陳腐なバラードが こんなにいい曲だったなんて」

時と場所の違いによって
心映えの違う日によって
晴れか 雨かによって
歌はまったく違う表情を見せる
それも 不意打ちのように

「僕はきみの道を愛している」
「私はあなたの辿ってきた道のりを愛している」
逡巡しながら成長した男女であれば
そのくらいの深みをリリックに感じ取れるはずだ
そう まるで夜道を照らし出すような

ちなみに この曲をヒップホップレゲエに仕切り直した
ビッグ マウンテンのヴァージョンが 僕はとくに好きだ
94年に発売されたその12インチ シングルは
今も 僕のレゲエ棚のなかにある宝物だ

「Baby, I Love Your Way」









2007/11/12

person to person,clother to the flame  

旧知のブンちゃん(文屋章さん)から
メールが届き「こんな人がいるよ」と
紹介されたのが 以下のblog
ありがとね、ブンちゃん

way to go →http://d.hatena.ne.jp/bannai45/


私が高校生の時 彼はまだ生まれていなかった
そんな彼が 私の文やブンちゃんの文を読んでくれているという幸せ
しかも彼は 音楽に対して同じような感じ方をしているような気がする
(彼のスティーヴ フォバートに触れた日記が私は好きだ)

何も年齢だけの驚きではない
私の編集担当くん(正確にはバリバリの編集長)は 何と私が二十歳くらいのとき
この世に生を授かっているし(笑)
こういうことは仕事上でちっとも珍しいことではない

ただ思うのは
「うえ〜 あっという間に49歳になってしまったよお〜」
という実感であり 読者に対する責任のようなものだ

もう少し具体的に書けば
駆け出しの頃は 自分が書いた原稿のことは
全部 覚えていた
それだけが拠り所みたいなものだった

しかし 今では さすがに忘れてしまったライナーや記事が
少なくない
そういう原稿に限って「何々を書いていましたね」と
ときどき言われたりするのだ

それでも悪い気はしない
それどころか
温かい気持ちになれる

僕が忘れてしまったことが
彼や彼女たちのなかで生きているのだから




2007/11/12

第23回  Rock N Roll

☆キャット スティーヴンス「もしも僕が笑ったら」

これもまた人生の局面を写し取ったような歌

「もしも僕があなたと出会わなかったとしたら
 きっと平穏な時間を過ごせただろうに」

そんなフレーズ 「もしも」という仮定が胸を打つ

もともとキャットの歌には反語的なものが少なくなく
「ムーンシャドウ」にも こういうのがある
「僕の足がなければ 歩むことを止めたのに」

詩人の歌に曲を付けた「雨に濡れた朝」などより
ずっと人間臭いキャットがそこにはいる

「もしも僕があなたと出会わなければ
僕はあなたに出会う以前の人生をやりくりしていたはずなのに」

”もしも” という勇気の前で
僕もあなたも
ただ立ち尽くして

2007/11/12

第22回  Rock N Roll

☆よしだたくろう/どうしてこんなに悲しいんだろう☆

たくろうさんも「聖」と「俗」を往来するような人物で
そこが圧倒的に魅力的だ
体調不良ばかりが伝わり心配な昨今だが
この人こそ 僕にとってのボブ ディランである

この曲も彼の心情の自己告白といった感じ

「これが自由というものかしら 自由になると寂しいのかい?」
「やっと一人になれたからって 涙が出たんじゃ困るのさ」

己のことに立ち返ってみて 歌詞を改変してみると

「やっとサラリーマンを辞めたのに 自由になると心が細いのかな?」
「やっとフリーになれたからって 涙が出たんじゃ困るのさ」 

かつて「イメージの詩」で
「自然に帰れって言うのは なんて不自然なんだろう」と
物事の核心に触れた彼のことである
結論は「やっぱり僕はみんなのなかで生きるのさ」
そこには都市と田舎とのアンビヴァラントな関係も
透けて見えるような気がする

僕は再就職する気はさらさらないのだが
平日に急ぎの原稿がまったくない時など
やはり思案してしまうことは ある
半世紀近くもサラリーに漬かっていた後遺症は少なくない

今日は50代のheと 20代のsheが
僕の仕事のために家を訪れた
(ちなみに僕の奥さんは里帰り)
そのあと
無理を言って 彼の車でデニーズに行った

いつも昼間は誰とも喋らない僕が
こうして車に乗り ファミレスに向かうこと自体が
新鮮だ
三人でテーブルを囲む

本当は空腹ではなかったのに
悪いなあと 思いつつも
何でもない会話自体が  自分という棘を抜いていく







2007/11/11

under the red sky  

広島に原爆を落としたのがポール ティベッツ
彼が高齢のため先日亡くなったことは 知る方も多いだろう
米記事では彼を讃える内容が圧倒的だったというが
さすがだな、と思ったのはティベッツの地元となる
コロンバス ディスパッチ紙の冷静な論調である
一般紙に掲載されていたものを ここで紹介しよう

「広島の死者数は 朝鮮戦争 ベトナム戦争 湾岸戦争
9・11テロ イラク戦争のすべての米国人死者を足しても
なお届かない数だ」

(ここから 訂正し Gへの返答ともしたい)

ぼくら日本人は今 必要とあれば世界中の音楽にアクセス出来るし
”消費的に”享受することも出来る
しかし その豊かさの陰で
何となくではあるけれど 原爆という国家単位での取引に関しての
リアリティが  時代の推移によって希薄になりつつある

恥ずかしい話だが 僕自身 原爆記念館を訪れたことがない
ちなみにGは そこを訪れたことがある人だ













2007/11/11

If I Dont Have You  Rock N Roll

「ケータイの番号変わっていないよな また電話するよ」
「またいつか遊びに来いよ 待っているから」

退職時の通過儀礼とは 
およそそのようなものである
それらの虚しい言葉を聞きながら
私は同時に
もう改めて電話が掛かってくることもなければ
飲み会に誘われることも永遠にないと 思っていた

言葉が言葉を裏切る
そんなことを前提にした会話
そのことに慣れてしまった時
きっと何かが失われるのだろう
それも 確実に失われるのだろう

額面通りの言葉は ときに残酷だ
それすらに気が付いていない人がいるとすれば
きっと彼や彼女のなかで
何かが失われてしまったのだろう

まるで自分じゃないような
どこか遠くのような声で
「いままでありがとうございました」と
頭を下げる自分もまた 卑屈な同類なのかもしれない
そんなことも思った

だが同時に

そんな人間にはなりたくないとも
私は思っていた
昨日の本当を今日の嘘というような変貌だとか
寄らば大樹の陰とでも言わんばかりの節操のなさに
別れを告げるために

「もしきみがそれを(楽園)と呼ぶならば
僕はそこに永遠の別れを告げるだろう」

they called it paradise

i dont konw why

I ll just Kiss it

and say good-bye









2007/11/11

空洞だけが光になり得る  文学

角田光代「対岸の彼女」(文春文庫)を読了
素晴らしい小説だった
結論めいたことは言いたくないのだが
失うたびに強くなっていくという論理が
もし本当であれば
その王道を驀進するような物語である

私が敬愛する作家、森絵都の解説がまた
的確に物語の骨子を映し出す
解説は自我が出過ぎても興醒めであるし
あるいは自我がまったくなくても味気ない
そうした意味でも まさに的確で爽やかな解説だ
背中がまっすぐに伸びている 
そんな風に 言い換えても構わない

手垢に塗れたフレーズに
”さよならだけが人生さ”というものがある
もし人の一生というものが
出会いと別れというものをめぐる逡巡であるならば
その定理に光を当てるのが優れた才能なのかもしれない
それも徹底的に 別の角度から
それを角田は実践している

以前にも書かせていただいたが
現代文学が今 大変なことになっていると感じている
それも女性作家だ
小川洋子 川上弘美 恩田陸 森絵都 中島京子 桐野夏生
そして角田光代が連なっていく
今度 金原ひとみや綿矢りさ あるいは青山七恵も
偏見なく読んでみようと思っている

まったくの余談であるが
またしてもこのブログのサブを以下のように変更した

novels rocks and the stories we could tell と

エヴァリー ブラザーズやジョン セバスチャンのファンであれば
後半部分に 思わず微笑みかけるかもしれない
そして" I could tell " ではなく あえて
”We could tell "としたところに
私がこのブログに託したものを感じていただければ 
と思う


















2007/11/9

11月9日  

担当編集者と打ち合わせを

次の本のタイトルや装丁に関して
イメージを出し合っていく
ゼロから説明し始めなくともいいのは
具体的な事例から発想を広げられるから

デザイナーを含め
こればかりは審美眼と直感の世界であり
ものを作る現場の鋭さでもある
こういう人との話は無駄がなく
疲れないどころか 刺戟的だ

いつもありがとう











2007/11/8

ブラックホークと私  

かつて渋谷の百軒店にあったブラックホーク
その店に関する本が出たとかで
まあ私も 懐かしくも 複雑な感情に揺れている

音楽ジャンルとしては
シンガーソングライターやスワンプロックなどの
マイナーな側面を溺愛するような店であった

私が初めて訪れた時はもう「ラスト ワルツ」の
ポスターが店に貼ってあった78年の夏だったので
お店としてはピークを描いた後だったのだろうが
私語厳禁とかポップなものを拒絶されるとか
それは非常にスクエアな空間なのだ
第一 コーヒーが不味かった

ボニーレイットやリンディスファーンや
マッギン クラーク&ヒルマンをリクエストすると
露骨に嫌な顔をされたこととか
かつての音楽青年を傷つけるには十分な場所、、、
いざ具体例を挙げていけば
そんな苦々しい思い出しか浮かんでこない

ブラックホークの常連たちが組んでいた
「ブリティッシュ トラッドを聴く会」の
メンバーのなかには現在第一線のライターに
なられている方々もいるのだが
それは私には ”おつき合いしたくない”タイプの
最右翼なのであった
なかには殴ってやりたい輩もいるくらいだ

あまり結論めいたことは言いたくないのだが
私がホークから学んだことは反面教師的なものだ
食い物の恨みと
若き日の屈辱は恐ろしい(笑)

その頃シンガーソングライターとともに
パンクやレゲエそしてブラックミュージックも
聴き始めていた私には
彼らの弱点もすくっと見渡せたのである

私はやがて決心していった

ポップなものに心を開こう
リズムの面白さを語ろう
ダンス音楽としてのロック音楽へ敬意を払おう
黒人音楽の素養を身に付けよう

反発心がやがて蓄えとなっていった

以前 熊谷組の社報誌にも書かせていただいたが
店が客を峻別したり啓蒙する時代は
とっくに終わっていると思う

そしてもっと重要なことがある

私はブラックホーク派でも BYG派でもなく
その他 何とか派でもなく
私は私であるということ
それだけである

群れない 
徒党を組まない
派閥を作らない
一人ぽっちを恐れない

私の行動原理に迷いはなかった

もし本当にオーナーであった故 松平氏を
偲ぶのであれば
学ぶべきは 氏の反骨精神であろう

そうやって私は
百軒店の坂道を下り
別れを告げたのだ
















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