東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/7

第21回  Rock N Roll

☆ブルース スプリングスティーン「ウォーク ライク ア マン」☆

敬愛すべき作家、中島京子の新刊は「冠 婚 葬 祭」だという
それらの儀式がもたらす交歓を
私はけっして疎ましくは思っていない
歳柄だろうか  結婚よりも離婚が 
あるいは
生誕よりも葬式が増えてきたことがあるにせよ
儀式というものは大切だ

ブルースのこの曲は
男らしく 信念を持って生きることの
困難さについての歌で
両親の代から続く家族の言い伝えを結婚式という設定に託している
そう、”男らしく歩みなさい”といった訓話の輪廻の歌である

”僕の結婚式に握ったあなた(父だろうか)の手は荒れていました”
という歌詞を挿入することで
歳月という残酷をそっと浮かび上がらせ
祝福と老いを残酷なまでに対比させていく
















2007/11/7

愛しのレイ  

少し以前に公開されたレイ チャールズの評伝映画「レイ」は
ご覧になっただろうか?
3時間の長場が やや辛かったものの
60年代のアメリカ社会とレイとの関わりや
トム ダウドとのNYでの録音風景など
僕は楽しめた

でも音だけの方が ずっといろいろなことを
考えさせてくれる
音楽に「絵」は むしろ邪魔なくらいである

レイといえば黄金時代はアトランティック エラということが
半ば通説となっているが
ABC-パラマウントに移籍してからのレイも
最近やっと 僕は良さが解るようになった

先日の天辰さんとのイヴェントでは
レイとベティ カーターとのデュエット盤を
流させてもらったし
それ以上に僕が愛聴するのは
「In Country And Western Music」(62年)なのだ
いわば ”レイ、カントリー&ウェスタウンを歌う”という
企画盤なのだが これが実に素晴らしい

グラム パーソンズが参考にしたという話があったり
本作での「ユー ドント ノウ ミー」に刺激されて
リチャード マニュエルが同曲を歌ったことや
これまた本作での「愛さずにはいられない」を下敷きに
ヴァン モリソンが同曲を発表したことなど
元ネタ的な関心も認めるにやぶさかではないのだが、、、

肝はやはり レイのコクがあってグルーミーな歌いっぷり
ゆったりとしたカントリー曲がまずあり
そこに流麗なストリングスやコーラスが被さってくるのだが
語尾を伸ばすようなレイの歌声が まさにソウルフルで
一見平凡な曲にも 起伏を与えている

レイ チャールズ
ジュニア パーカー
そしてボビー” ブルー” ブランド


この三人のイノベイターを聴いていると
本当に リチャード マニュエルの核心へと
触れる思いがします











2007/11/5

第20回  Rock N Roll

☆カーペンターズ/動物と子供たちの歌☆

カーペンターズの歌には思い切り能天気なものと
哲学的な熟考を聞き手に促すものがあり
今回は後者のタイプの典型である
蛇足ながら 私のblogの新しいサブ短歌(笑)は
同曲からインスパイアされたものだ

この曲を歌うカレン カーペンターの主張とは
子供や動物を弱者として徹底的に見つめ祝福するものだ
「彼らは声を発することが出来ない 彼らには選択肢がない」
という認識は
「どうか彼らに隠れ場を教えてあげて」という
目線へと転化していく

森絵都さんは実際に犬やネコの屠殺場を取材したことが
あるのだという
最も残酷な光景をあえて見ることが
作家としての無限なる想像力に結びついていくという例であろう

そう言えばevery dog has each daysというブルース音楽の
常套的な訓告、寓話もある
路傍の石さんが言うところの
アフォイズム(註1)である
こうした世界観を持つと持たぬのでは
見えてくる光景がまったく異なるはずだ

まるで深い霧のようなコーラスと重なりながら
故カレンが歌うのは
give them shelter from stormという
小さな願いである


註1「アフォイズム」
一種の哲学用語 簡素な形式のなかに物事の真理や佳き行い
あるいは人生への光明を忍ばせた訓話や警告のこと






2007/11/3

第19回  Rock N Roll

☆友部正人「どうして旅に出なかったんだ」☆

日本のフォークシンガーのなかでほとんど唯一好きなのが
私の場合 友部正人だ 言葉の選び方 対象との距離 そして
見つめているものの大きさが 私を激しく捉えていく

この曲には 日常へのジレンマが”いつも隣にいる人”への懐疑になり
苛立となって 旅に出なかった者に対する容赦ない攻撃となっていく

行きたいと思っていたところにすら行かず 昼間から銭湯で自分の体ばかりを
洗っている友人を前に 友部の怒りは爆発する
「お前の顔を見るたびに もうお前とは出会えないような気がするよ」

そして続くのは「お前が行きたいと思っていた所に 昨日あいつは行ってきたよ
あいつは旅に出る前も 帰ってきた後も ”同じ”だったよ  ただお前とあいつが
違うのは旅に出たか出なかったということ」という歌詞だ

具体的な旅行に行った行かない云々というよりは むしろ夢というものに果たして賭けたことが
あなたはあるのですか? というようなイメージの膨らみ&問いがこの歌にはあり
夢という想念に向かって行き 傷を負い帰ってきた”あいつ”に関しては
友部はむしろ 優しいまなざしを向けている
それは傷を負ったものだけが知り得る種類のものだろう

要するに半ちくでは駄目なのだ

私がいつも考えているのは
一切の言い訳をしないで生きていくにはどうしたらいいだろう?
ということである

世の中は 言い訳ばかりしている大人で溢れている
「電話しようと思ったけど 忙しかったんだ」
「俺も昔はバンドをやっていたんだ」
「俺だって昔は女にもてたんだ」

くだらない 卑屈である
いま 大切な友に電話しなくてどうする?
いま 好きだった音を鳴らさなくてどうする?
いま 女性というミューズにモテないのはどういう理由から?
いま このクソのような時代に叫ばなくて どういう気がする?

HOW DOES IT FEEL ?
どうして旅に出なかったんだい?

クレジットカードを退職の際 破り捨てたその日から
私の旅は始まった
失うものは ありはしない














2007/11/1

第18回  Rock N Roll

〜このシリーズはobinがロックだと感じた曲を古今東西を問わず紹介しています
必ずしも原曲の歌詞に忠実というわけではありませんが これはfeel it ! by obinという
ことなので〜

☆マーサ&ザ ヴァンデラス「ダンシング イン ザ ストリート」☆

”夏が来た ブランニューなビートとともに町に繰り出して踊りましょう
あなたがシカゴ出身でもニューオーリンズでもニューヨークでも
そんなことは関係ない 肝心なのは音楽を感じる心なの”

というのが歌詞の大意
とにかく曲が明るい! 開放感を伴いひたすら天にまで昇っていくような響きが
ある 「ニューオーリンズでもニューヨークでも」と韻を踏むところも
鉄壁のモータウン サウンドに乗って実にカッコイイ!
素晴らしい映画「永遠のモータウン」のエンドロールに使用されていたのも
同曲だった

あの時代の賛美歌のようなものだったのかもしれない

一般的には60年代に全米で盛り上がった公民権運動の波と重なるように
語られている曲であり 歌詞を誤解したラジオ局が「暴動」の歌と思い込み
一時は放送を自粛することもあったらしい さもありなん

ちなみに同じR&Bでは バーバラ ルイスの「ハロー ストレンジャー」
にも崇高なメッセージが込められている
それは「知らない人よ、こんにちわ あなたを理解するには長い時間が
かかるかもしれないけれど」と
他者との関係性を辛抱強く築いていこうというアティチュードに満ちている

ちなみに佐野元春の「冒険者たち」には
「ラジオに流れるR&B」というくだりがある
歌の主人公は せっかくの土曜の午後だというのに
「仕事で車を走らせている」
つまりもうそれほど若くはなく もうそれほど
無邪気な年頃でもなく、、、といった設定である

その曲に佐野が込めたR&Bが果たしてどういう曲かは
私は知らない
ただ そこに「ダンシング イン ザ ストリート」や
「ハロー ストレンジャー」を
あるいは恋する気持ちが爆発した「ヒートウェイヴ」
(こちらもヴァンデラス)を重ね合わせてみる時
それらのR&Bも 佐野の「冒険者たち」も 
一層の輝きを見せていく

音楽とはそうしたイマジネイションの賜物だと思う






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