東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/3

第19回  Rock N Roll

☆友部正人「どうして旅に出なかったんだ」☆

日本のフォークシンガーのなかでほとんど唯一好きなのが
私の場合 友部正人だ 言葉の選び方 対象との距離 そして
見つめているものの大きさが 私を激しく捉えていく

この曲には 日常へのジレンマが”いつも隣にいる人”への懐疑になり
苛立となって 旅に出なかった者に対する容赦ない攻撃となっていく

行きたいと思っていたところにすら行かず 昼間から銭湯で自分の体ばかりを
洗っている友人を前に 友部の怒りは爆発する
「お前の顔を見るたびに もうお前とは出会えないような気がするよ」

そして続くのは「お前が行きたいと思っていた所に 昨日あいつは行ってきたよ
あいつは旅に出る前も 帰ってきた後も ”同じ”だったよ  ただお前とあいつが
違うのは旅に出たか出なかったということ」という歌詞だ

具体的な旅行に行った行かない云々というよりは むしろ夢というものに果たして賭けたことが
あなたはあるのですか? というようなイメージの膨らみ&問いがこの歌にはあり
夢という想念に向かって行き 傷を負い帰ってきた”あいつ”に関しては
友部はむしろ 優しいまなざしを向けている
それは傷を負ったものだけが知り得る種類のものだろう

要するに半ちくでは駄目なのだ

私がいつも考えているのは
一切の言い訳をしないで生きていくにはどうしたらいいだろう?
ということである

世の中は 言い訳ばかりしている大人で溢れている
「電話しようと思ったけど 忙しかったんだ」
「俺も昔はバンドをやっていたんだ」
「俺だって昔は女にもてたんだ」

くだらない 卑屈である
いま 大切な友に電話しなくてどうする?
いま 好きだった音を鳴らさなくてどうする?
いま 女性というミューズにモテないのはどういう理由から?
いま このクソのような時代に叫ばなくて どういう気がする?

HOW DOES IT FEEL ?
どうして旅に出なかったんだい?

クレジットカードを退職の際 破り捨てたその日から
私の旅は始まった
失うものは ありはしない
















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