東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/18

探し求める旅  Rock N Roll

先日 山本智志さんと江古田にて打ち合わせした時にも
氏からお話が出たことなのですが
音楽と書物と映画は いわばトライアングルのような関係
ではないか というさり気ない一言は
噛み締めるほどに 意味合いを増す

私が思い起こすところでは

たとえば「タクシードライヴァー」には
「レイト フォー ザ スカイ」が流れてくる
たとえば「フォレスト ガンプ」はアメリカン ロックの 
”サウンドトラック” のようなものだ
そして「アメリカン グラフィティ」に到っては
音楽が無垢だった時代への 追想なのかもしれない

佐野元春が80年代に残した最高の曲のひとつ
「冒険者たち」が
アラン ドロン主演のそれから受けた影響は?
そういうことを想像するだけで
また別の光景が浮かび上がってくる

書物でいえば
小川洋子は 佐野を溺愛しているし
角田光代とジミーペイジとの関係にも
なかなか興味を惹かれる

音楽家の偉人伝みたいな映画や書物よりは
人々の日常のなかで そうした音楽が
どのように響き
彼や彼女という井戸のなかに共振していくのか

私はいま そうした書物や映画に興味がある

人々のいうところの ”最近のお気に入り”CDが
単にタワレコやHMVの”今月のリコメンド” であっては
あまりにも寂しいことだろう
それらは 一年後もしくは半年というサイクルで
消費され 中古屋へと流れていく

私自身が 消費生活の落とし子ではあるものの
もっと ”10年殺し” のような音楽作品に
出会えればいい と思っている

そう たとえば
アリーサ フランクリンの「フィルモア ライヴ」や
佐野の「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」のように








2007/11/18

11月17日  

昨日のDJは内容の良さにもかかわらず
集客は低調であり 私自身も爆発までは
行くことが出来なかった

店関係の客を除けば 来てくれたのはH嬢、しらす、千葉の方の安部、路傍の四人
何とか自分の飲み代は相殺することが出来たが
本来であれば40人は集めたいところだった

次回は本の出版記念も絡めて 捲土重来としたい

DJ終了後 江古田で路傍と杯を重ねる
お題は「言語の彼方にあるもの」








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