東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/24

第26回〜佐野元春「黄金色の天使」  Rock N Roll

「暮れなずむ街並に/茜色の空滲んで/胸にこらえていたものが/
溢れ出してくる/誰もが戸惑いながら大人になっていく/黄金色の
天使を探し求めて/ぼくらがいたあの場所に/置き去りにしたものは
何だろう? 」


大人になることへの懐疑と
大人になることへの責務が
この曲には 磨き抜かれた言葉と
素晴らしいフォークロック サウンドで結晶されている

この曲もまた
聖人にはならず、かといって世俗の垢にも染まらない
そんなアンヴィヴァラントな人間への
サウンドトラックなのかもしれない

「僕らがいるこの場所で/また今日も一日が過ぎてく/
満たされない思いも/さすらう声のままに」


合わないものや 合わないことに
自らを合わせることはない
そのような作り笑いと虚構の場所に
太陽は きっと届くまい

図書館での一日が終わると
池袋を目指して夕暮れの街を歩く
今年はそんな日課が
春の芽生えから 真夏の無風を経て
やっと訪れた紅の季節まで続いている

そんな時に鳴り始めるのは
きまって この曲だった

see also our critical views bout " The Lion and Coyote "

way to go →http://www.moto.co.jp/coyote/critics/








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