東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/1/31

音楽に導かれていく言葉たち  文学

角田光代「空中庭園」を午前中に読了

午後は小川洋子「アンジェリーナ」を読む
これはご存知の通り佐野元春の音楽をインスピレーションの源として
小川さんが創作した小説で
佐野の曲タイトルを表題とした10編の物語が並ぶ
もう15年まえに発売された書物だが
こうした試みは理解出来るし 今後も様々な素材を元に
いろいろな表現者が試していってほしいと思う
(ある意味リミックス〜リエディットの作業かもしれない)

それにしてもこれだけのイマジネイションを飛躍させることが
出来るのだから 小川さんの才能に惚れ直してしまった
読後の何とも言えない静寂感もまた 彼女の資質を伝えている

ライヴ会場をあとに迷子になり過去を旅するという設定の
「情けない週末」が 僕はとくに好きだ













2008/1/30

1月30日  

勤め人を辞めてから一番困ったのは定期券の失効だった
この定期券っていうもの ほんとうに便利な存在だったけれど
自営業になるといちいち電車代を払って都心に出向くのが億劫になる
まして冬はねえ〜

好きなお茶の水に行くのだって往復で720円の負担になる
これなら夜は家で飲んだ方がいいっていう算段になってしまう
サラリー時代は家にまっすぐ帰ることなく
いろいろと夜の街を徘徊したが
”大人のロック” と呼ばれるバーの存在ですら
会社員のための方便とすら思えてくる

あと痛感したのが源泉徴収の問題ですね
ライナーノーツ1本書いて3万平均として
一割は税金
サラリー時代はあまり感じなかったこの税率も
自営になってその過酷さを痛感する

というわけで確定申告の時期がやってきた
しっかりと還元すべきものは還元してもらいたいものです

私のことを「それ見たことか」という気持ちで
ここを覗いている輩(敵です)もいると思うけれどね


今日はずっと「空中庭園」を読んでいた
ニュータウンと呼ばれる新興住宅地に暮らす家族の
それぞれの目を通した過去と現在
そこで始まった夢と終わらせなければならなくなった幻 

角田光代さんの想像力は残酷なくらいにリアルだ
そして私は 夢のほうに賭けた人間の一人である


















2008/1/29

英国ロック、語られない物語  Rock N Roll

ヘンリー マカロック屈指の名盤「マインド ユア オウン ビジネス」(75年)
を探し出すのに半日もかかってしまった
それでも無事見つけ出し こうしてPCに向かいながら
聴いています

何ともレイジーな歌に味わい深い ”弾かない” ギター
やっぱり最高だあ〜
場末のパブで今夜もブツブツ言いながら
チェスに興じているような塩梅である

思えばこのLP 僕は二十歳の頃
中野の中古店レアで国内サンプル盤を買ったのが最初
確か東芝からのリリースで 解説が木崎義二さんだった
その後 時を経て お茶の水のユニオンでUK盤を購入したのだった

近年リリースされたスティーヴ マリオットの未発表音源集のなかで
彼がヘンリーの「マインド〜」を歌っていて 驚いたことがある

ヘンリーのLPからインナースリーヴを取り出すと
特別の謝辞を記した欄に アレクシス コーナーとスティーヴ マリオット
の名前が記されていた

そのことを僕は今夜 初めて知った














2008/1/29

1月28日  

本日もクタクタになるまで原稿書き
最近はずっと手書きで原稿用紙のマスメを埋めていくのが
楽しく 新鮮だ

普通の辞典で漢字を調べるという作業も さぼっていると
PCの変換ミスにも気が付かないから(多いんだよね、こういう人)
ぜひ手書きをお薦めします

今日は今度の書物に関する「はじめに」と「おわりに」にも
取り組む
今頃書いているのかって怒られそうなハナシですけど
いよいよ最終ラインが見えてきました

それにしても最近 書き原稿が書けない人が少なくないらしい
それはライターとは呼べないっすよね^0^





2008/1/27

1月27日  

終日原稿書きに追われる(ほどのものではないか)
ようやく日本発売される「ジョニー キャッシュ ショウ」の映像や
3月に来日するジョージィ フェイムのアルバム レヴューに
4000字近くの「USブルース ロック概論」と格闘中
俯瞰しなければいけない記事なので半分くらい書き進めたところで
筆をいったん休める

音楽は久しぶりにボブ ディランのデビューアルバムを
繰り返しじっくり聴く
やはりデイヴ ヴァン ロンクの影が色濃く残っているな

そしてこちらも本当に久しぶりに
ボニー レイットのファーストを引っ張り出してきた
これが良かった!
今の彼女も勿論悪くはないのだが
ここには本当にピュアな”音楽する心”が宿っている
それがファースト アルバムというものの宿命なのだろうか、、、

本は角田光代「空中庭園」を読み始めました








2008/1/26

ヘンリーには言うな  

しかし” 弾かないギタリスト”といえば
ヘンリー マカロックもその道の達人
そう、ジョー コッカー〜グリース バンド〜ウィングスと
渡り歩き フランキー ミラーやロニー レインのバンドにも
参加した英国スワンプの偉人ですわ

この人も圧倒的に弾かないねえ
オブリでにゅるにゅると絡み付くセンスに真価を発揮
またヴォーカルが何ともぶっきらぼうで好き

そんな ”弾かない彼” を唯一有名にしたのが
ウィングス「マイ ラヴ」に於ける名演ソロ
耳タコで覚えている方も多いと思うのだが
肝心のプレイヤーがヘンリーということは
案外知られていない

これがまたいいソロなんだ
タイム感といいいトーンといいラインといい
まさに歌伴ギターの鑑

つまりポールも
ジョージ ハリソン的な どうしようもなく手癖のフレーズを
ヘンリーにも欲したのでは? とは私は深読みしたい

ジョージ「サムシング」に於ける何ともぎこちない(されど美しい)
ソロの延長に「マイ ラヴ」での美し過ぎるソロ パッセージがある

そのことに気が付いた私が
JJ ケイルに辿り着くまでには
それほど時間はかからなかった 

いやあ J J こそまさに弾かない人の極北というか、、、  




2008/1/25

冬の木霊とティム ハーディン  

本日はずっとティム ハーディンの紹介原稿を書いていましたが
あらためて彼の陰影に富んだ歌世界に引き込まれてしまいました

95年にロン セクスミスが登場してきた時
その憂いのある歌声に既知感を感じたのですが
それを辿っていくうちに私の場合
ハーディンのことを思い出した次第です

フォークから大きく逸脱し 
ジャズのイディオムをも多く取り込んだ音楽的な語彙の豊かさ
私小説的に自らを曝け出したソングライティング
66年当時 いかに彼の音楽が新鮮に受け止められたのか
私には知る故もないのですが
震えるような声の持ち主というだけでも
聞く価値はあると信じています

薄倖というべきか 彼はわずか39歳でこの世を去っています
それを思うたびに
私は67年にリリースされた「ティム ハーディン2」の
ジャケット写真を思い起こします
愛妻スーザン ムーアとともに窓辺に佇む彼
スーザンのお腹には赤ちゃんのダミアンが
生まれてくる時を ひたすら待っています
そんな若き日を一瞬のように切り取った写真は
その後の彼が歩んだ苦悩を思うほど
残酷な響きを伴っていくような気がしてなりません

人間はある意味 自分を晒し出すことでしか
他人へと辿り着くことが出来ません
そのことを思う時
彼が作る歌を単なる自家撞着とは言えなくなるような気がします

自らを大工や鍛冶屋と設定しながらスーザンに求愛する
「イフ アイ ワー ア カーペンター」が覚醒させる
根源的な愛のあり方は
イマジネイティヴな言葉の迷宮を彷徨っています

世の中はあいも変わらず
まるで広告コピーのようなラヴ ソングが溢れ返り
需要され また消費されていますが
ハーディンのような知的興奮を味わさせてくれる歌は稀

私はそこに彼の本懐を感じてなりません
ハーディンが紡ぐまるで冬の樹木のような歌世界に
あなたはきっと ”自分”  をも発見することでしょう








2008/1/23

戦わない文学は文学ではない  文学

「文藝」の春号が桐野夏生の特集だったので思わず購入し
ぱらぱらと読んでいる
作者自身による作品の解説や年代記なども楽しいが
とくに興味深かったのが星野智幸によるロングインタヴューだ

転校を繰り返したことを背景とした帰属感のなさ
カウンターカルチャーの生き残りとしての自覚
文学が娯楽として消費されていくことへの抗い
そんな内容が桐野の口から溢れ出してくる

わけても最近の学生に向ける桐野の視線は厳しい
「私も娘から聞きましたが 大学に入ると地方から来た
学生だけでなく 皆 ともかくどこかに所属しなくちゃ
いけないと必死らしいですね 私のころそんなことあったか
と思って ちょっとびっくりしましたね」
「日常をただ普通に生きることが 共同体に所属すること
であれば消耗します」

こと学生に限らず そのことが ”大人” と呼ばれる人たちの
断片図であることにも根の深さがあるように私は思っている















2008/1/21

1月21日  

本日は「スタックス/ヴォルト コンプリート シングルズ」のCD9枚組から
ごく一部に再挑戦する
確かにデータ的には ”史実” として重宝出来るボックスなのだが
本来であればシングル盤で親しむべきものを CDでたれ流しというのも
ちょっと違うんじゃない? とDJ的には思ってしまう

何よりも1曲ごとのインパクトが希薄になってしまい
聞き方が雑になってしまう
中学〜高校時代からシングル盤(当時400〜500円)に親しんできた身としては
違和感は大きい

「グリーン オニオン」やら「ペイン イン マイ ハート」やら
さんざんLPで聞いた音も CDではなんだか定位が異なるような気も、、、
本来の音の太い塊が パーツごとに聞こえるのは辛い

そんな愚痴を言いつつも やはりこのメンフィス ソウルの数々には
抗し難い魅力がある
今やスターバックス コーヒーがCDを売る時代である
スタバからオーティスが聞こえてくれば それなりの反応をする私も見えるのだが、、、

















2008/1/20

set me free, this time  

以前ご紹介した映画「再会の街で」のサイトは
以下の通りです
http://www.sonypictures.jp/movies/reignoverme/

なかなかシリアスな展開で 私はかなり落ち込んでしまいましたが
いい作品だと思います
序盤に流れる音楽がグレアム ナッシュの「シンプル マン」
まさにシンプルな願いを素朴な男が歌うといった風情の歌ですが
その希望が何とも複雑な様相を伴っていかざるを得ないというところに
この映画の深みを感じます

よろしければ ぜひ!

2008/1/20

outlaw blues  

「アウトロー ブルース」(著:ポール ウィリアムズ)の訳者は
あとがきで ロックの知識の博士のような人は増えたが
自分の言語で音楽を語る人は驚くほど少ないと書かれている

あれから随分と時が経ったと思うが
やはり音楽をとりまく”言葉”はまだまだ成熟してないように思う
いい意味でのアマチュアイズムが手慣れたプロ記事を
蹴散らせていく(パンクのような)精神とフレッシュ
それを受け止められる度量こそが求められていると思う

自分がやっていることも まだまだだと思うが
少なくとも中学の時 最初に洋楽をラジオで聞いた時の
ドキドキ感とか直感は鈍らせたくないと思っている

英雄の崇拝でもなく
伝説への付加でもなく
まして”名盤” への追随でもない

伊坂幸太郎という若い作家は
そこら辺のことを きちんと判っている
彼の小説に出てくるラモーンズやドクターフィールグッドは
借り物ではない

少し前の彼が書いた「フィッシュ ストーリー」は
売れないロック バンドに関する重層的な物語
読み終えて
”言葉”の可能性のことを ふと考えた






2008/1/19

1月18日  

午前は渋谷で版元との打ち合わせを約1時間
その後ユニオンでジョー バターン「サルソウル」の
リイシュー盤やレオナード シェファーのワーナー盤などを購入

午後はトッド ヘインズ監督「アイム ノット ゼア」
の試写会を銀座にて

ディランの史実を追った部分と
あえて時間軸をぶらした展開が交差する2時間の大作で
たっぷり楽しめたものの
「ノー ディレクション ホーム」や「ドント ルック バック」を
見慣れた者にはディラン神話の上塗りに映る場面があるかもしれない

ディラン自身が言うように歌は説明ではない
極端なことを言えば
映像とはその”説明” であるという矛盾を抱えているようにも
思える
とくに対象が定まったこうした伝記モノの場合は
その限界も感じてしまった

それにしても徒党を組むしか能がない連中には
im not there という言葉は届かないのだろうな(苦笑)

夜はお茶の水のウッドストック カフェhttp://woodstockcafe.jp
に初めて行ってきました









2008/1/18

1月17日  

風が強く底冷えがする日
編集者との普段通りのミーティングにも
互いにいつもの快活さがないのは
ビジネス面での現実的な判断をしなくてはならないから
そんな意味では極めてシビアな話し合いとなった

もの書きとか編集者とか
世間から見れば好きなことをやって生きている人種として
映るのかもしれないが
むろん現実的な判断も下さなくてはいけない

かの草思社が倒産し
長野の書店大手である平安堂チェーンが
ブックオフに対する処置として
新たに中古部門を立ち上げて差別化を計るなど
新年早々 これまで以上に
出版業界は揺れている

ただひとつ思うのは 志のことだ
そもそも我々は何故もの書きになったのか
あるいは何故編集という仕事を選択したのか
それを忘れてはなるまい

手っ取り早く利鞘を稼ぐ商売ではない
ヴェンチャー〜ITや証券会社とは異なるのだ
自分なりに描くヴィジョンや 作りたいと思う本があればこそ
日々の苦しさが 報われたりもする

理想論を言うのではないが
そんな原点を忘れてしまっては駄目だろう
究極の目的があるとすれば
それは読み手にいい本を届けることにしかない
ある意味 夢を売るとはそういうことでもあろう

活字文化の衰退が指摘されるなかで
そんなことを ふと思った
















2008/1/8

1月7日〜こんな奴もいる  

新年だというのに鬱が止まらない

その打開策として映画「再会の街で」を見に行くも
シリアスな内容故 結果ますます塞ぎ込むという悪循環となってしまった
夜明けに見る夢も サラリー時代の何でもないひとコマだったり
ひどくシュールなものだったりする

もうすぐ2冊目の単行本(それも思いっきり趣味的な!)が出るんだから
幸せな身分じゃないかと人は言う
それは確かにそうで感謝もしているのだが
やはり生きていくには厳しいのだ

夜 とある方から電話がある
彼とは とあるプロジェクトから降りてもらう
(彼にしてみれば自発的に降りたということ)という
経緯があったのだが
大変な失礼を承知で言わせていただければ
彼も私と同じく躁鬱が激しいのではないだろうか

まあそれはいい
彼との思いがけない長電話は
少なくとも心温まる種類のものであった

こんな奴もいるんだ







2008/1/4

1月4日  文学

村山由佳「星々の舟」(文春文庫)を読了

村山というと「天使の卵」やその帰結編「ヘヴンリー ブルー」(どちらも読みましたが)など 
テレビドラマサイズの流行作家というイメージが強く
私のような中年男子が手に取るのはいささか憚られる気持ちもあるのだが
これは普段の村山を大きく踏み越えた力作だ

家族それぞれの過去と現在が連作という形で一編ごとに
入れ替わる手法で世代が重層的になっているところもいいし
こんなにも平和への希求があったことに驚きもした
(最終章で父親が戦争を回想する場面は考えさせられる)

なんでも村山の父は旧ソ連の捕虜として四年間強制収容所で
労働させられていた体験を持ち
彼女はモスクワからウラジオストクまでを旅する過程で
この作品を書くことを決意したらしい

とはいえ単なる戦争小説ではなく
現代的な諸相をも入れ替わり立ち代わり描かれ
近親相姦や不実までがパラレルの如く展開する
定年が見えてきたサラリーマンの悲哀も語られるので
自身を重ね合わせる方もいらっしゃるだろう
(ドロップアウトした私とて同感だ)

本書の発行は03年で直木賞受賞作となっている

http://www.yuka-murayama.com





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