東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/2/7

陽気な警察官たちのパレード  

最初に西早稲田のジェリー ジェフへと足を踏み入れた時に流れていたのがランディ ニューマン「トラブル イン パラダイス」だった(80年頃?)という枕はともかく 「小さな犯罪者」(77年)もまた彼のマスターピースのひとつ 池袋のディスクポート(ウェイヴの前身)で歌詞対訳が付いているので日本盤のLPを買ったのがもう30年も前とは恐るべしです ユダヤ人としてのアイデンティティはこのアルバムの「嵐のまえのドイツにて」
や「フロイトによるアインシュタインの物まね」に顕著ですが私はとくに「ジョリー コパーズのパレードだ」
をよく聴きました

   一列に行進をして見事なもんさ
   なぜ彼らの制服は海のように蒼く綺麗なのか
   どうやったらかくの如く太陽のように輝くのか
   そして軽やかな足取りを見てごらん
   とにもかくにも 警察官たちのパレードだ

   ねえ、お母さん
   僕も大きくなったら警察官になりたいなあ
   あれこそ僕の人生だ

   ほら みてごらん
   表通りを堂々と横切るパレード
   一列に並び
   海のように蒼く
   天国から舞い降りた天使のようなパレード
   とにもかくにも
   警察官たちのパレードだ

子供の目を通して大いなる皮肉が語られていますが これは洗脳を警戒するメッセージでもあります
大きなもの 権力 権威 それらを声高く糾弾するのではなく この歌のように子供の目を通して見ることや
<ショート ピープル>に紛れてそっと告発することがいつもニューマンには一貫しています
ともあれニューマン、フランク ザッパ、フェリックス キャヴァリエ、アル クーパーといったアングロ
サクソン系ではない人種の音楽家にはアメリカに対する冷静かつ知的な眼差しを感じることが少なくないですな





   



2008/2/6

me and my shadow  文学

川上弘美「真鶴」(文藝春秋)を読了
独白と もう一つの声だけで成り立っているような
不思議な小説である
個人のまわりを逡巡しているだけのようでいて
そればかりではないような

「夜の公園」もそうだったが
川上作品の読後感というのは
奇妙な位相をもたらしていく


2008/2/5

2月5日  

地元の江古田には  
中古レコード店が4軒あるので
アンチアマゾンな私としては非常にありがたい
本日は老舗の” おと虫” にて
T ボーン ウォーカーのブラック&ホワイト録音を
英チャーリーのリイシューLPで2種購入(計1600円)
家に帰って 念のためTボーンのアルバムを探したら 計8枚あった 

昔お世話になった東芝盤とか
最初期録音を含むブルースボーイ盤も懐かしく
居間に引っ張り出してきた
これらはさすがに売却出来ないよなあ〜

電気ブルース ギターのイノヴェイターという枕なしに
ジャジーでもあるT ボーンのブルースは
とにかく間合い〜タイム感が見事ということに尽きる

ちなみに若き日のダグ サームは
T ボーンに傾倒していたという
そういえば 「パパ エイント ソルティ」も演奏してたっけ
同じテキサス出身という以上に
ヴォーカル スタイルにもその影響は色濃く反映されている
























 

2008/2/3

歌伴ギタリストたちの系譜〜小尾編  

(ジョージ ハリソンの仕事)
 ビートルズ「サムシング」
 ロニー ウッド「ファー イースト マン」
(ヘンリー マックローの仕事)
 フランキー ミラー「ザ ロック」
 ウィングス「マイ ラヴ」
(ピート カーの仕事)
 ルブラン&カー「アイム フォーリン」
(エイモス  ギャレットの仕事)
 ジェシ ウィンチェスター「エヴリ ワーズ ユウ セイ」
 マイク フィニガン「ニューヨークの思い」
(レジー ヤングの仕事)
 ダスティ スプリングフィールド「二人の架け橋」
(ザル ヤノフスキーの仕事)
 ラヴィン スプーンフル「つらい僕の心」
(ボビー ウーマックの仕事)
 ボビー ウーマック「アイム イン ラヴ」
(キース リチャーズの仕事)
 ジョニー ジョンソン「タンキー レイ」

以上 順不同
speial thanks to mr. o. takayanagi



2008/2/3

son of harry  

「アビーロード」に関しては世間ほど思い入れがない(ただし中坊の時はよく聴いた)私だがジョージ作の「サムシング」だけは別である
昨日もオクヤマ氏とのトークで69年というギタリスト戦国時代(ECからジミーペイジまで)に果たしてジョージ本人はこの曲のなよなよと音程もおぼつかないリフ&ソロパッセージをどう思っていたのか? という話題になったのですが
このフレーズが判らないとはおまえら鈍いねえと感じていたのか それとも 自分の演奏に自信がないままだったのか これは想像するしかないのですが 時を経て あるいは聞き手としての鍛錬を得て 「サムシング」の
ギターは一定の評価を得ることになったと感じています 昨日久しぶりにこの曲を聴いたのですが ポール弾く
ところのベースは見事なまでに流麗な裏メロを繰り出していきます そのテクニックとジョージの”へたっぴい”
な演奏とのコントラストが凄過ぎる(笑)しかしジョージの人となりがぽろぽろと溢れ出すようなパッセージは
誰が弾けるというものではないでしょう 「ロールオヴァー ベートーヴェン」の昔にも彼のぎこちないギターは聞き出せますが 今日に於いてもギターを聴くという行為の審美眼に関して もっともベーシックな
部分で深く関わってくるのが まさに「サムシング」という演奏なのかもしれません
そして そういう気持ちでウィングスの「マイ ラヴ」を聞き直してみると ポールがヘンリー マックロー
にどういうプレイを求めたのかが一気に氷解するような、、、ウィングス脱退後のヘンリーはジョージ ハリソンのダークホース レーベルに拾われます(これは駄目押し的な決定打だろうか)





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