東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/4/24

歌うという作法〜4月23日  

渋谷のDuoで おおはた雄一と友部正人の
ジョイント ライヴ
「Tokyo Song Book ”春” 」を楽しむ

いい歌とは何だろう?

ディテールにこだわればいいのだろうか
感情移入を容易に出来ればいいんだろうか
説明的な歌が 果たしていい歌なんだろうか
それは たぶん違うと 僕は思う

おおはたも 本当に久しぶりの友部も
 ”わからないから歌う” という心のありようが
余韻となってじわりと波のように押し寄せる人だ
そんな意味で この二人は
違う母から生まれてきた 仲の良い兄弟みたいな
存在なのかもしれない

僕が大好きな「水門」にしても
イメージの飛躍や その言葉の行き先は
とても重層的だ

おおはたの 柔らかく流れる感情と
友部の ゴツゴツとした思い
その二つが静寂を通して対話をしていく
そんな素晴らしい夜だった
歌うという作法について考えを巡らす時でもあった

終演後は 仕事の打ち合わせを兼ねて
僕の担当編集をして頂いている小林博美さんや
春原建一さん 吉元淳さんと
近くのキリンシティにて ささやかな宴を

四人で友部の『ジュークボックスに住む詩人2』
(思潮社)を囲んだり
振られる男は素晴らしい!? という話や
取材に於ける心のあり方を
そして
博多ラーメンの話や
ムルギのカレーは最高に美味い! という話を

帰りの電車のなか
友部の「わからない言葉で歌ってください」が
確かに 聞こえてきた

僕も  自分がわからないまま
一人  ただ駅に降りていく











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