東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/3/29

jumps, jives and hit the road,jack  

昨日 高円寺でDJまえに購入したCDが
シェヴァリエ ブラザーズの『ライヴ&ジャンピン』
でした むろんLPで持っていますが 追加曲が何と
7曲も入っているので 思わず買ってしまったわけです
う〜ん、高円寺らしく値段も1000円と嬉しいですね

85年にこのアルバムが出た時 本格的にジャンプや
ジャイヴといった50年代の黒人音楽を演奏している
点 に驚き また自分の音楽的関心もルイ ジョーダン
やスリム ゲイラードに向かっていた時期だったので 
妙に親近感を覚えたものでした

ちょうどジョー ジャクソンも『ジャンピン ジャイ
ヴ』を出したり 日本では吾妻光良&スウィンギン 
バッパーズが話題になっていた頃だったので 掴みは
OK!  という個人史を思い起こしました

思えば当時はMTVやスタジアム ロックの全盛時代
1970年からロック音楽に夢中になった私も
「なんか違うんだよなあ〜」と自分の居場所がない寂
しさを感じていただけに
よりルーツ音楽に活路を求めていたのかも
しれません

むろん本物のジャンプのようなグリーシーな肉感には
及ばないのですが  そこら辺のメンタリティとか
愛情表現とかは パブ ロックの愛好家ならずとも
つい頷いてしまうのではないでしょうか?

ヴィブラフォンを大きくフューチャーした演奏も
サックス ブロウだけではない都会的な感覚を与えて
いて なかなか新鮮です ウッド ベースも
軽妙でふくよかに リズムを刻んでいきます
吾妻さんのギターのようなエグさはありませんが(笑)
ギタリスト氏も 細いフレーズながらセンスというもの
を感じさせてくれます なんせ吾妻さんは
ゲイトマウス ブラウンやジョニー ギター ワトソン
のアタック感にかなり影響されていますから
少しタイプは異なるのでしょう

このシェヴァリエ ブラザーズはあと一枚のアルバム
を残して解散してしまったようなのですが
ロンドンのどこかのパブで 演奏しているのかも
しれません

ブライアン セッツアー オーケストラなどで
ジャンプ音楽に目覚めた方も 最近では多いと思い
ますが そんな方にも 以前こんなバンドがロンドン
のパブ シーンで活躍していたことを知っていただけ
れば 私も嬉しいです

このCDにはメンバー自身がライナーノーツを寄せて
いますが 感謝の名簿にギャズ メイオール(註1)
やポール ブラッドショウ(註2)の名前があるこ
とにも ロンドンの空気が感じ取れますね


註1 ギャズ メイオール
自ら演奏活動を行う一方、クラブDJとしても有名
な英国人 R&Bやブルースは勿論のこと スカや
ロックステディなどのジャマイカ音楽にも造詣が
深い 自らが選曲した『ギャズズ ロッキン ブル
ース』などのコンピレイション アルバムも数知れず
ちなみに彼は かのジョン メイオールの息子で
ある

註2 ポール ブラッドショウ
80年代後半頃から注目されたロンドンのクラブDJで
あり アシッド ジャズのムーヴメントに大きく
寄与した 演奏者とDJそして聴衆との関係を実り
豊かにしたという意味でも フリー ソウルの時代
を予見したという先進性に於いても 今なお人気が
高い 雑誌『ストレート ノー チェイサー』を
主宰してもいた












2009/3/29

3月28日@高円寺 洗濯船  

もう、ひょっとして20数回 め になるかなという
洗濯船でのDJ 楽しかったっす!
いつもながら 隅田監督に感謝です
継続は力なり?!
いやあ、私は以下のオーダーで

1 Grant Green/Final Countdown
2 Shirlrey Scott/ Its your Thing
3 Stephan Stills/Cross Roads〜You Cant Catch Me
4 Van Morrison/ Big Time Operetor
5 Chris Ducey/ Duces Of Hearts
6 Doug Sahm/Next Time You See Me
7 Buckwheet Zydeco/ Take Me To The Mountain Top
8 Mick Taylor / Alabama
9 Stephan Stills/Everybodys Talkin


余談ですが 事前にミクシィの功罪について
とある女史と会話出来たことも
私にとって とても有意義な時間でした
お店などを持っていらっしゃる方が営業として
利用されるには有効な媒体かとは思いますが
私のように哲学的な熟考(笑)をする人間にとっては
うっとうしいメディアに過ぎないと改めて思いました



2009/3/28

花もあればアルコールもあるだろう  

昨年ロスト ハイウェイからメジャーデビューした
ヘイズ カール
その『トラブル イン マインド』は大きな話題を
呼びましたが
本日 偶然ながらも彼のインディーズ時代の作品
『フラワーズ アンド リキール』を入手すること
が出来ました
これが確かファースト アルバムにあたると思うの
ですが いやあ 良いですなあ

ギリアン ウェルチを見た時に触発されたという
「アーカンソー ブルース」
”俺はもう一人で酒を飲むのには飽き飽きだ”と
述懐される終曲「バールーム ラメント」
などなど
まるで映画『ラスト ショー』のように
埃っぽい音 人々の営為が映し出された歌詞
これぞ ザントやクラーク直系の
優れたテキサスSSWではないでしょうか?

私は いわゆるアメリカーナ(註1)のシーンには
それほどの興味を抱けないできました
どれも同じに聞こえるという感想もあったし
この種類の音楽を聞き過ぎてしまったという思い
もありました
一部に歌詞をきちんと訳して配布する
良心ある招聘者がいたとはいえ
多くの人(註2)が歌詞のことに殆ど関心を払わない
ことも 実に不可解なことでした

ジャズなど器楽演奏を旨とした音楽や
ロックンロールやR&Bのようなダンス音楽と異なり
ヘイズ カールのような自作自演歌手の場合
自分の歌詞を音楽に乗せて 思いを伝えるわけですから
その比重はかなりのものであると想像されます

極端なことを言えば
吉田拓郎や中島みゆきの音楽を
歌詞抜きで楽しめますか? という命題と
隣り合わせであることを
英語を母国語としない日本人は
もっと考えなければならないのです

この私自身が
一曲一曲の歌詞を吟味しているかと問われれば
はなはだ心もとないのですが
少なくとも 引っ掛かった曲には
歌詞カードを見るくらいのことは
心掛けていきたいと思います

http://www.hayescarll.com


註1「アメリカーナ」
一言でいえば90年代以降の新しい自作自演歌手や
グループの潮流を指す 以前オルタナカントリー
と呼ばれていたこともあるように オルタナティ
ヴ ロックあるいはもう少し遡ってREMなどの
カレッジ ロックに世代的な萌芽が伺える

代表的な音楽家はルシンダ ウィリアムス、
スティーヴ アール、ライアン アダムス、ウィルコ
など 音楽的にはルーツ ミュージックあるいは
70年代のシンガー ソングライターとの接点
も少なくないが よりダークな歌世界を感じさせる
点が興味深い テキサス州オースティンがシーンの
拠点となり 同地で毎年3月に行われているサウス
バイ サウス ウエスト(SXSW)という音楽フェス
にも 熱い眼差しが注がれている

註2「多くの人」
自分を含めてなのかもしれないが”英語の歌” が直截
に届かないぶん その音楽の歌詞を受け止めるというよ
りは その音楽が醸し出す雰囲気や特定の演奏スタイル
にひたすら慰撫されることを好むような独特の聞き手が
日本で育ち 喫茶『ブラックホーク』(註3)を中心に
70年代のSSWブームを支えたことは否定出来ない
聞くべきものがなかなか見つからなかった80年代をや
り過ごした彼らにも アメリカーナの運動には同調して
いった者は少なくない

ちなみに中村とうよう氏や後藤美孝氏は 文化的なコ
ンテクストを抜きに 英米のシンガーソングライター
へ思い入れをしてしまうことの危険について 70年代
当時から警鐘を打ち鳴らしていた とうよう氏による
捕鯨反対チャリティ コンサートへの疑問などは最も
誠実な文化的闘争史のひとつ 音楽を餌として若者を
釣り アメリカ資本を主導としたことが とうよう氏
の逆鱗に触れたのである   その賛否はともかく
『ニューミュージック マガジン』のバックナンバーを
探し出して 記事を読んでみる価値はあるだろう

註3「ブラックホーク」
渋谷の百軒店にあったロック喫茶のこと 開店当時は
ジャズ喫茶だったが ロック カルチャーの隆盛によ
りロック音楽の発信地になり やがて店主の嗜好もあり
マイナーなSSWやスワンプ ロックそして英国の伝承歌
などに活路を見出し 流行に左右されない価値観や
審美眼を多くの若者に指し示し続けた そうした意味で
”伝説的” な場所として 今なお慕う者は少なくない

以下は私見とさせて頂くことをお許し願いたいのだが
そうした”いい音楽”の提示が 部外者には高踏的な
ディレッタントの巣窟として映ったのも また
事実である 時代的なこともあったのだろうが
私語の禁止などという態度が この店の心の狭さを
如実に物語っていた 若き心というのは不思議なも
ので あの時に触れた微妙な違和感を私は未だに
忘れることが出来ない 私がここで言っていることが
正しくないとしても あの時に感じた微かな苛立ちは
果たして何だったのだろう? 









2009/3/27

バップ ティル ユー ドロップ  

私の場合、いわゆる真面目なジャズのLPは
過去にほとんど処分してしまったという経緯が
あるのですが たまたま残っていた
ジョン コルトレーン『ブルートレイン』を
実に久しぶりに聞き直しました

いやあ、カッコイイ!
これは理屈抜きのハード バップです
コルトレーンというと何となく難解という
イメージを持っている方もいらっしゃると思いますが
それは昔のジャズ評論の悪癖である
何となく屈折した文章を書けばいいといった
姿勢とも関係していると思います

そんな「ジャズのイメージ」をことごとく
ひっくり返したのがロンドン発の
アシッド ジャズのムーヴメントであったことは
言うまでもありませんが
この『ブルー トレイン』は
DJ的にも”こすりネタ” 満載では?
などと不埒なことを つい考えてしまいます(笑)

チェンバース&フィーリー ジョーによる
鉄壁のリズム隊の大波小波のなかを
コルトレーンのテナー 
カーティス フラーのボーン
そしてご存知 ”ミスター サイドワインダー”
ことリー モーガンのペットが
風を切るが如くブロウしていきます

これでケニー ドリューのピアノではなく
ジミー スミスのハモンド オルガンが
入っていたらなあ などとつい考えてしまう
のですが その「もしも〜」も
何だか楽しい想像ですね

ビッグ ジェイ マクナリーや
リン ホープ あるいは
ポール ”ハックルバック” ウィリアムス
といったブロウ テナーの系譜とは
むろん趣きが異なるコルトレーンは
細かいパッセージを畳み掛けていきますが
全体のグルーヴが太く強いので
私のようなR&B派も すんなりと
納得させられます
こればかりは テナー サックスという楽器の
恩恵かもしれません

ちなみにこのセッションが持たれたのは
1957年の9月
チャック ベリーが「メイビリーン」で
レコード デビューしたのが58年なのですが
そんな位置関係も視界に収めておけば
同じブラック ミュージックとして
より楽しめるかもしれません

もし私に音楽を計る物差しがあるとしたら
それはジャンルなどではさらさらなくって
ヒップか スクエアか ということかも
しれません

いずれにしても
ジャズもダンス ミュージックの潮流のなかで
生命を保ってきた音楽です
『ブルートレイン』で踊りましょう!





2009/3/24

音楽が知的ディレッタント の餌食になる時  

90年代以降のロックシーンを大まかに俯瞰すれば
オルタナティヴ ロック、音響派〜ポスト ロック
あるいはルーツ音楽の再構築ということになる

このlogを拝見して頂いている方々にとって
一番解りやすいのがウィルコの歩みだろうか
ビリー ブラックからジム オルークまでの共演者が
まあ 解りやすいキーワードではある

さて アラン トゥーサンの新譜はジョー ヘンリーの制作
私としては 悪い予感が当たってしまったというか
良く言えば 知的
悪く言えば とても辛気臭い内容となっている
(ルシンダ姉貴の『ウェスト』を思い浮かべられたし)

客演もマーク リボーにブラッド メルドーなど
”いかにも” な名前が顔を揃えているが
私としては 駄目駄目でした

『ミュージック マガジン』を読んでいるような
音楽そのものに探求心があるというよりは
理屈好きのリスナーには受けるのかもしれません

私が古くさい人間なのかもしれませんが
私は『ファッツ ドミノ トリビュート』の方が
遥かに染みますぜ! 旦那







2009/3/23

drink to me,drink to you  

人生で一番お酒を飲んでいた時期というのを考えて
みました そう振り返るのも今はもう最盛期ではない
からであり 何となく寂しくもありますが まあ
健康のためにはいいのかもしれません
私はもう50歳なのでした

私の場合最も飲んでいたのは30代中頃から後半にかけて
が第一期 第二期は40代前半でした

もともとアルコールに強くなかった私が本格的に
飲み始めたのは 実は社会人になってからであり
ビールの1本が2本3本になるのは愛嬌だったとしても
やがて強い度数のバーボンへと嵌っていきました
それが 知らず知らずのうちにどんどん加速していき
ボトルを3日で空けてしまった時などは
さすがに自分のアル中を疑ったほどです

そう 本来楽しいはずのお酒が やがて
そこに酒があるから飲むのだといった自己完結へと
変貌していったのです

あと時期として加えるとすれば
会社を辞めるまでの数年(45〜47歳)が
最もメチャクチャな酒量だったかもしれません

こうやって冷静に振り返ってみると
仕事や自分の置かれた境遇に悩んでいた時期と
酒量の多さが重なっていたことに 気が付きます
ありきたりな表現ですが
やはり酒に逃げていたんでしょうね

とりあえず外はともかく
家にはバーボンのボトルを置かないことから
始めてみました
それからはもう結構な時間が経つのではないでしょうか

私の主眼とするところは酒を断つことではなく
(そんなの無理だって)
酒を飲んで自己完結することを止めることでしたので
わりとすんなりと無理せず量を減らすことが出来ました
(それでも外で馬鹿飲みすることはたまにありますが)

今は外でもほどほど
家ではビール 冬は熱燗を少々ですかね
自営業なので
そうそう飲んでいられないという台所事情や
年齢的なものもあるんでしょう

むろん生きている限り 悩みや不安は付き物です
私とて これからも酒に頼ることはあるでしょう
しかし破滅的な飲み方はもうこりごりです
こればかりは
愚か者も少しは過去から学ぶということかも
しれません

蛇足ですが 2日まえのlogで触れた
”負けゴルフ” の辺りから続けて読んで頂くと
あの頃の私の心情をより理解出来るかもしれません
















2009/3/22

昨日よりも若く  

私は決しておべっかを言われて喜ぶほど
単細胞な人間ではありませんし
万人から好かれようなどとも
むろん思っていませんが

それでも こんなlogを見つけたりすると
何だか嬉しいです
http://seagulls.blog10.fc2.com/blog-entry-301.html

ゆうさん、遅ればせながら 
的確なコメントを頂きまして
ありがとうございます!
そうそう、単なるディスクガイドには
したくなかったのが
この本を書く時の動機だったのかもしれません

「ノスタルジーに浸るにはいい」などと
まったく見当外れの見解を示した
とある音楽評論家の文章とは大違いです
自ら語彙のなさを露呈しているような醜さに
何だか 可哀想な人だなと思いました

ちなみにこの拙書『Songs』
97年に出した初版(BNN)は4000部を完売し
07年に再刊した増補改訂版(スタジオ セロ)も
順調にロングセラーを続けています





2009/3/22

遠くから醒めていた  

哲学堂から中野に向かう方面は桜の名所として有名
ですが 僅かに咲き出すのを昨日 確認することが
出来ました

というわけで昨日(21日)は まず中野のレコ
ミンツに寄り スティーブ フォバートのライヴ盤
CDを2種(「ボトムライン」と「キングビスケット」)
を購入しました 2枚で何と1100円! 
大変ありがたい買い物です ちなみにこのフォバ
ートさん、日本では恐ろしく人気がありませんが
かつては来日して中野サンプラザを満員にしたこと
もあったのです

質実剛健で骨っぽい まさに私好みの
自作自演のソロ アクトなのですが
ロックンロールの素養をしっかり持っていることが
こうしたライヴ盤では如実に伺えることも 私としては
何とも嬉しく頼もしいところです

ちなみに「キングビスケット」の方のドラムスは
オーリアンズの今は亡きウェルズ ケリーが叩いて
います どういう接点があったのでしょうか?

その後はイベントの打ち合わせも兼ねて西荻窪の
shallows cafeに行ってきました この店は昼間から
営業しているので 夕暮れ時に音楽を聞きながら
ビールを飲むという
何とも贅沢なひとときを過ごしました

店主との話題は「負けゴルフ」のことにも及びます
得意先や上司とのゴルフでわざと負けることは
企業戦士の世界では常識なのでしょうが 私には
そのようなおつきあいは とても無理だなあ
だからこのような社会的落伍者になってしまったわけ
ですけど(苦笑)

「人はなりたくないものに必死でなろうとする」
と言ったのは アーサー ミラーだったでしょうか
何となくそんなフレーズを思い出しながら
帰りのバスに揺れていました







2009/3/21

ビジネスモデルが変わっていく  

先日 とある方と談笑していた時のテーマが
今流行のフリーペーパーの方が既存の雑誌に比べて
広告収入が遥かに良いという現実に関してでした

より多くのスポンサーが付くということは
当然原稿料も比較的良いということであり
安い原稿料でシコシコと音楽雑誌に書いてきた私
としては 実に複雑な心境でした

でも これは考えてみれば当然のことであり
たとえば
天下の朝日新聞に書くのと『ミュージックマガジン』
に書くのとでは 発行部数からいっても
稿料がまったく違うように
広告収入と発行部数とで稿料が決まってくるのは
経済の大原則なのでした

そんな意味では『ミュージックマガジン』に書いた
『レコードコレクターズ』に書いたなどと喜んでいら
れるのは まだまだ世間知らずの音楽兄ちゃんというか
アマチュアなんじゃないか とも思います
いや 志としては悪くないんですけどね

そういえば私も以前 とある建築会社の業界誌に
エッセイを書いたところ その羽振りの良い稿料に
びっくりしたことがあります
恥ずかしながら
「おお、さすが一流企業!」と率直に感じました

そうだ 目指せ ”寄らば大樹の陰” !
今後は私もJ-POPの評論家に転身して
フリーペーパーにあることないこと
書き殴り 褒めまくっていきましょうか(笑)
「ディーヴァ、1年半ぶりの新作はポシティヴな
情感漲る彼女の最高傑作!」 とかね(笑)
そうさ、新作がリリースされるたびにそれが
最高傑作なんだ!音楽なんて「明るく」「元気」
であれば なんでもいいんだ
「希望」のある「未来」とやらを歌って
稼ぎまくれば それでいいのさ!
im gonna be a happy idiot !

と 冗談はこのくらいにして
私が何を言いたいかというと
このような雑誌媒体でも構造的な変化が起こっている
という歴然たる事実です
そんな意味では音楽雑誌だけでなく
いわゆる活字媒体そのものが変わってきている
従来のビジネスモデルが通用しなくなってきたこと
を 確認したかったのです

むろん活字媒体も音楽雑誌も大好きなんですけれどね

ところで昨日WBCを見ていて ふと思ったことは
野球の解説も音楽の解説も同じじゃないか ということ
無意味な感嘆符や感動を押し売りする解説なら
テレビの音を絞った方がまし
巧みな配球術や打者の読みなどを冷静に分析するなら
人々はその解説に耳を傾けるでしょう

そんな意味で必要とされるライナーノーツや解説
のことを 自戒を込めて考えてみました








2009/3/19

3月19日〜家族の肖像  

明日から彼岸なので
今日は朝から妹の車で父の墓参りに行ってきました

その後 親子三人で中華料理店に行き
僕は昼ビールを飲んでしまいました

そうかあ もう四人が食卓を囲むことはないんだなあ

2009/3/18

これまたメディアソフトの変遷のひとつ  

例えば09年に「ライヴ アルバム」というウィキを作るとしたら
以下のようなものになるかもしれません

「ライヴ アルバム」

文字通り生演奏を収録したアルバムのことで 古くは
「実況録音盤」とも称された
デビュー作をライヴ アルバムにした泉谷しげるや
ジョージー フェイムなど幾つかの例外はあるものの
基本的には一定の人気や評価を確立した音楽家が
ライヴ作を作ることは レコード会社の利益とも一致
する常套手段であり ステイタスでもあった
キッス『アライヴ』やピーター フランプトン
『カムズ アライヴ』は もっとも成功したライヴ
アルバムの好例だろう

その反面 演奏者やレコード会社にまったく利益を
もたらさない「ブートレグ」の存在は以前から頭が
痛いものであったが より臨場感のあるブートレグ
を求めるファンは後を絶たなかった

ライヴの収録といっても実際は歌詞の間違いや演奏の
ミスもあり スタジオでの補正作業やオーヴァーダビ
ングが施され 商品としてのレベルを上げるのが一般的
また観客を入れないスタジオやホールでの演奏を元に
作品として完成させていくという手法も模索された
音楽家によっては 従来の ”置き土産” 的なライヴ
作を嫌い 新曲を中心に構成することもあった
90年代に流行した「アンプラグド」もライヴ作の
新しい潮流となったことは 記憶に新しい

近年いわゆるライヴ作が激減したのは
言うまでもなくDVDによる映像作品の飛躍的な普及だ
音と映像を同時に楽しめるDVD作品があれば
わざわざ音だけのライヴ作品を作る理由は半減する
あるいはユーチューブの即時性に驚かれている方も
少なくないだろう

またグレイトフル デッドに起源を求められる
テーパー同士のテープトレイドも 今やジャム系バンド
のライヴを中心に積極的に推進されている
ただデッドヘッズたちが始めたテープトレイドはあくま
でファン同志のシェアを目的とした非営利的なもので
あり ブートレグと区別されることは 暗黙のルールで
ある このことはぜひ理解されたい

いずれにせよ メディアの選択肢が増えている以上
ライヴ アルバムはむろんのこと
商品としての音楽が岐路に立っていることは
間違いあるまい
















2009/3/16

きみはまだ情熱的だろうか?  

今年はわりと早めに確定申告を済ませることが
出来ました
これは私のような自由業にとって大きな行事であり
サラリー時代には無頓着だった税金のことを知るには
いい勉強なのです

要するに一年ぶんの収入に対して出費というか経費が
いくらかかったのですか? ということを税務所に
正直に告白する機会であり
払い過ぎた税金が今回もまた戻ってきました
人様には笑われてしまうような少額かもしれませんが
私にとっては大変ありがたいお金です
嬉しくて思わずCDを10枚購入してしまいました(笑)
残りはむろん貯金します

音楽ライターなどとというと
何となく聞こえはいいのかもしれませんが
この出版不況に音楽産業の構造的な変化などもあって
社会的には何とも危うい存在であり
ベテランや売れっ子と呼ばれる一部の人たちを除けば
それだけで喰っていくことはとても困難な世界です

実はそのことで私は自殺を考えた時期もあったのですが
それではあまりに親や家族を悲しませると思って
踏み留まりました
振り返ってみれば
私はお金が欲しくてサラリーを辞めたわけでは
ないからです
(欲しかったのは何よりも「自分の時間」でした)

植草甚一さんというのは やはり素晴らしいおじさんで
お金のことを心配する素振りを見せないのがいいという
感想を 友部正人さんがとある書評で触れていました
バブ サーキットを廻っている音楽家とて
気の持ち方は同じようなものかもしれません

ありきたりの結論ですが
今この世界に生きていることの幸せを噛み締める
今日この頃です








2009/3/15

ザディコ キックスのことなど  

というわけで昨日(14日)はザディコキックスを見に
池袋のフリーフロウランチに行ってきました
彼らのレコ発ライヴということもあってか
お店は立ち見が出るほどの超満員!
お客さんのオーダーにてきぱきと対応する深田店主に
妙に感心しつつ 開演を待っていました
噂のキックス 私は初体験です

ザディコ音楽の詳細はウィキででも調べてもらうとして
簡単に説明すれば ルイジアナの南西部で今なおシーン
があるクレオール系黒人によるダンス ミュージックと
いっていいでしょう
楽器としてはアコーディオンとラブボードの使用が
特徴的です ラブボードというのはジャグバンドに
用いられるウォッシュボードをより大きくした一種
の打楽器であり 肩から吊るして両手で専用の棒
のようなものでがちゃがちゃと鳴らします
これが何とグルーヴの秘密なのです

ザディコキックスは本格的なザディコ バンドでした
通常の3ピースのロック編成にアコとボード2台
を加え 俗にツーステップと呼ばれる2ビートを繰り
出していきます
英国のパブ ロックでもジェレイント ワトキンスが
率いるバラム アリゲイターズなどザディコを奏でる
グループが存在しますが 全編ザディコで通すザディコ
キックスのようなバンドは そういないのではないでしょうか?

ずっと楽しい演奏が続いていき
こちらも生ビールを5本ほどグイグイやっていましたが
メンバーが楽器の持ち替えでフィドルやトライアングル
を持ち出すなど ザディコと親戚関係にあるケイジャン
の要素も柔軟に取り入れていて 頬が緩みます
逆に言えば クリフトン シェニエのような 
よりブルース色が濃いザディコをもう少し聞きたかった
という気持ちもありますが
そうしたことは恐らくメンバーも解っていると思います
むしろ ザディコを決してお勉強としてではなく
自分たちの日常へと引き寄せているようなメンタリティ
に共感するところ 大でした

思えば 自分の音楽体験を振り返ってみても
スワンプ ロックやサザーン ロックの彼方に
見えてきたのが テックス メックスであり
ニューオーリンズR&Bであり ケイジャンや
ザディコであったのでした
小貫さんという音楽評論家が以前
『ミュージック マガジン』で連載されていた
「蛇腹ジャーナル」からも 大変な刺激を受けた
ことを つい思い出しました

ステージ終盤には ラブボード奏者の女性2名が
客席を練り歩きながら演奏するなど
盛り上がりは最高頂に達しました
機会があったら ぜひまた見たいと思います

http://zydeco.jp/













2009/3/14

アメリカン ロックの未来はこの若者の手に  

http://derektrucks.com



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ