東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/4/5

もうすぐトーク会が始まります  

トップ欄にも書いていますが 今週から私の
トーク会が都内の2ケ所で始まります
お時間がある方は ぜひ遊びに来てください
お酒でも飲みながら のんびりやりましょう
(内容は重複をなるべく避けますね)

今回はいずれも私(小尾)が音楽遍歴を振り返りながら
レコードやCDを流そうという内容です
漠然とロック音楽に惹かれるようになってから
思えば はや半生記近くになります  
何らかの機会に 自分が積み重ねてきた音楽体験を
整理してみるのも そう悪いことではあるまい
と思ったのが そもそものきっかけでした

時間的にはそれぞれ2時間強
むろんすべてを凝縮させることは不可能でしょうが
私と同じような音楽体験をされてきた方も
また そうではない方も
楽しんで頂ければ幸いです
ご要望があれば 質問などにも
お答えしたいと思っています

「人はある時点で過去を振り返り その価値を認め
ある種の敬意を払うことになる」とは
ジャクソン ブラウンの発言ですが
そのような循環の繰り返しが
人の営為なのかもしれません

会場の場所や時間などは
shallows cafe   woodstock cafeそれぞれの
ウェブサイトをご覧ください

それでは 会場でお会いしましょう
お待ちしています!

小尾 隆









2009/4/5

me and my guitar  

今夜は狭山のふぃがろでDJ会でした
ギター特集ということだったので
私の好きな歌い手(とギターの響き)を回してみました

1 paul geremia/holly
2 caetano veloso/get out of town
3 gillian welch/orphan girl
4 los lobos/ sabor a mi
5 ellen mcilwaine/cant find my way home
( ode to stevie winwood)
6 jesse winchester/little grass of wine
7 livingston taylor/isnt she lovely
8 dave van ronk/samson & delilah
9 chet atkins/china town, my chinatown
10 doobie bros./black water
11 lucinda williams/ jackson
12 chris smither/every mothers son


珍しくアコースティック中心の選曲でした









2009/4/3

ロック音楽の原風景  

今でこそ好きで聞く音楽は沢山ありますが
そんなタイプとかスタイルの問題ではなく
自分の原点として ひりひりと痛みを伴って
今も迫ってくるのはジョン レノンの最初の
2枚のソロ アルバムだったりします

とくに「ハウ?」という曲には
共感するところが今も多いので
ここに歌詞を一部書いておきましょう

how can i go forward when i dont know
which way im facing?
how can i go forward when i dont know
whitch way to turn?
how can i go forward into something
im not sure of? oh no oh no

進む道も解らんのに どうして前に進めるんだ?
局面とやらも読めんのに どうして前に進めよう?
確信も持てない私に 明日なんかやってくるのかい?

とまあ やや意訳っぽくもしましたが
ある意味で モラトリアム状態というか
今の言葉で言えば「引き蘢り」の歌なのかも
しれませんね

それでも激しく共感します
人生に快活さや前向きな姿勢とやらを強いる
そんな無言の暴力に対して
ジョン レノンは優しく諭すように
この歌を歌っています

村上春樹さんの言葉に倣えば
「昼の光に夜の暗さが解ってたまるか」
そんな匂いもあります

ブリッジの部分は

you know life can be long
and you got to be strong
and the world is so tough
sometimes i feel ive had enough

もうこっちは訳さなくともいいかも
しれません 蛇足ながら
韻も見事に決まっていますね

思春期の青年が抱く感情のみならず
こんなアンヴィヴァラントを持って
いるのが 大人なのかもしれません











2009/4/2

不定形なジャズビートと弦楽器による奔放な自由詩  

昨日は中野のレコミンツで
ヴァン モリソンの新作『アストラル ウィークス 
ライヴ』を購入しました

ご存知のように実質的なソロ デビュー作である
68年の『アストラル ウィークス』をおよそ40年
ぶりにライヴの場で再現したもので
オリジナルのシークエンスをやや変更しつつ
また幾つかの補足曲を加えながら
ステージは進行していきます

”不定形なジャズビートと弦楽器に彩られた自由詩”
『アストラル』の音楽をひと言で言い表すとしたら
こんな表現はどうでしょうか
ヴァイオリン、ヴィオラ、セロといった楽器が
アップライト ベースとともに たおやかな流れを
作っていく様を  今回はライヴという場だけに
より鮮やかに実感することが出来ました
まさに『星のような週間』の訪れです

むろんオリジナルでは若く高かったヴァンの声が
ここでは年齢相応の落ち着いたものへと変化して
いますが そうした歳月こそは<再訪>に相応しい
響きをもたらせています
さあ、あのサイプラス アヴェニューに帰るんだ!

静寂との共鳴  再生への願い そして自己探求
これらはヴァンの音楽に欠かせない主題ですが
こうした要素がほぼ『アストラル』の時点で
現れていたことも いま演奏し直す動機としても
十分でしょう

ひと通り『アストラル』全曲が終わると
歓喜の波に包まれつつ
あの雄大な「リッスン トウ ザ ライオン」
そして「コモン ワン」が始まります
その流れはまるで大河のようです
主人公はどんどん川を下っていきます

ヴァン モリソンという人物がひとつの音楽ならば
彼の人生が一曲の長い交響曲のようなものかも
しれないですね そんな意味では
時を経て 場所を変えながら選ばれていく曲は
その時々の変奏曲のようなものではないでしょうか

ふと そんなことを思いました


















2009/4/1

歌詞、アメリカーナ、鯨そしてブラックホーク  

最新記事にではなく 「花もあれば〜」のエントリーに
コメントをしてきたということから想像すれば
以下のいずれかが 通りすがりさんのお気に召さな
かったのだと判断しますので
繰り返しもあるとは思いますが
「花も〜」の記事をもとに 整理しておきますね

◎「歌詞」
確かに歌詞が音楽のすべてではありませんし
いくらアメリカ人でもディランの歌詞は解らないという
報告もあるくらいですが歌詞が解ればより”歌”を楽し
めるとは思いませんか? 言葉のリズム、韻から
スラング 特有の比喩や言い回しまで すべてを理解
することは困難だとしても シンガーソングライターは
とくに言葉を大事した表現形態なのですから

◎「アメリカーナ」
この呼び方もジャンル分け 棲み分けのための方便の
ようなもので あまり好きではありませんが
ヘイズ カールには本物の匂いを久しぶりに感じました
彼の歌詞もじっくり味わってみたいものです

◎「捕鯨反対運動」
以前から幾度か触れてきましたが 私は捕鯨賛成の立場
にいます 一番の理由は鯨自体が食べる他の魚の量が
海洋学的なバランスから考慮しても漁業に深刻な影響を
与えているからです 他の魚や肉は平気で食べるのに
「鯨が可哀想」というのは明らかに矛盾していますよね
鯨を何らかの象徴にする運動は 好きになれません

◎「ブラックホーク」
いい音楽を教えてくれた場所だとは思います
世代的に特別な感情を抱く気持ちも理解出来ます
ただ 彼ら特有のマイナー嗜好が一種排他的な
匂いを生み出していたことも事実ではないでしょうか?
”遅れてきた世代” の私はそのことにより敏感だった
のかもしれません ありていに言えば ちょっとばかり
スクエアな空間でしたね 

以上が私なりの見解です
logのリード文に記しているように
少なくとも自分は
何が好きで 何が嫌いなのか
あるいは どういうものに心を動かされ
どういうものに抵抗するのかということに
自覚的でありたいのです
なんちゃって(笑)








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