東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/5/6

どこかの山師が  Rock N Roll

このところテレビを見ていて最も不可解なのが
例の北野誠降板事件に関する黙殺ぶりだ
後日北野が謝罪会見を行った時の模様こそ放映
したが この際も局側のノーコメントは徹底し
ていた

別に北野誠などというお笑いタレントに何の興味
もないし また人の性格や容姿をネタにして笑い
を取ることなど私は軽蔑すべき行為だと思ってる
ただ 何らかの形で北野が問題発言をし それが
原因ですべてのレギュラー番組を降板するに至っ
たことは間違いないのだから 納得のいく説明責
任を果たすのが報道機関として 至極当然のこと
だろう

とくにコメンテイターとしてつい最近まで北野を
使い続けてきたテレビ朝日が この事件を封印し
ていることに関しては不信感を持たれていらっし
る方も少なくないと思うし スポンサーからの圧
力が働いていると勘ぐられても仕方あるまい

同和問題 北朝鮮 創価学会あるいは黒い付き合
いといったテーマは
いわゆる芸能界ではタブーとされているらしいが
そこら辺の微妙な問題ゆえなのだろうか? 

いずれにしても 臭いものには蓋といった態度を
取り続けているテレビ局が いまさらキヨシロー
に取って付けたような賛辞を贈っても まさに
「呆れてものもいえない」である

ナイーヴという塊(かたまり)が衣を剥がして
外側に向かう時
それは怒りとなって『カバーズ』のような名作を
生むのだ

私はそのことを覚えていたいと思う



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