東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/5/7

Rock Of Ages  Rock N Roll

キヨシロー死去の衝撃はいろいろなlogを見ていても
伝わってくる
尾崎やhideの死に関してはまるで世代が異なるために
あるいはその音楽性に魅力を感じなかったために
まったく気持ちが動くことはなかったのだが
51年生まれであるキヨシローの場合 日本のロックの
第一世代に属するだけに いい先輩がいなくなってしま
ったような寂しさを どうしても感じてしまう

以前もこのぺージのリード文で触れたことだが
戦後第一世代であるキヨシローたちの場合
既存の価値観への反発がものすごく強い反面
直接両親や祖父母から戦争体験を聞かされているだけ
に 平和への希求は思いのほか強いという
特性がある

むろん第二世代である僕
あるいはもっと下の世代に於いてもそのことに敏感な
人間はいくらでもいるから 属する時代の問題ではな
いのだろうが やはり戦後すぐの荒涼とした光景を
直接聞かされた体験はよりリアル(*)であるという
事実は否定出来ないだろう

戦後があり カウンターカルチャーの蜂起があり
シラケの時代があり、、、と そんな時代背景を
キヨシローに重ね合わせてみると
”僕より上のお兄さん” の肖像がおぼろげながらも
見えてくるのだ

正直 近年の彼に関して
僕はとても いい聞き手とは言えなかった
それでもまるでジョン レノンを失った時のような
やり切れなさを覚える

*いわゆる言い伝えによる戦争体験の継承が戦後65年
近くなって薄まってきたのは仕方ないという見方もで
きるし それだけこの60数年の日本が平和だった証左
でもあるだろう ただゲームや映像など架空の戦争ご
っこに馴れてしまい 皮膚感覚として継承出来なくな
っているという事実は考えなければならない
卑近な例で恐縮だが 私の場合親戚が集まる機会があ
ると叔父や叔母たちは必ずといっていいほど戦争の話
になるわけで、、、










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