東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/7/29

7月29日〜南部の声、レヴォン ヘルム  

午前中のアルバイトを済ませ 昼食を挟んで
ひと眠り それから原稿の続きをひたすら書く
08年の4月に行われた恒例のマール フェスで
のレヴォン ヘルム バンドのライヴ演奏を
収めた2枚組CDのライナーノーツだ

原稿でも少し触れたのだが 今のレヴォン
ファミリーのしなやかな強みは 黒人音楽と
白人音楽の両翼を 自然に羽ばたかせていける
ことだと思う ラリー キャンベルという佳き
パートナーを得たことが 病を克服してからの
レヴォンにとって どれだけ心強かっただろう

むろんザ バンド時代のナンバーも歌い演奏し
ているが 単なる懐古趣味ではなく 南部音楽
の生き証人として 彼の過去と現在をしっかり
と照らし出し 聴衆とその音楽を力強く分け合
っていく 

ちなみにレヴォンは今年70歳
彼はその人生のほとんどを 音楽を演奏するこ
と 聴衆の前でライヴ演奏することに捧げてき


その気が遠くなるような道のりは
僕を寡黙にさせる



2009/7/26

佐野元春&コヨーテ バンド  Rock N Roll

を江東区のゼップ東京で見た
追加公演の神戸を除けば ほぼツアーファイナルと
いっていいこの一夜は 実にエキサイティングなも
のとなった むろん本編のテーマは『コヨーテ』の
全曲をライヴの場で実践するというものだ

2年前の最新作『コヨーテ』の世界観をきちんと受け
止めようとする聴衆のありようが バンド側にも伝わ
ったのか 佐野自身とても嬉しそうだった
そこにファンは昔の曲を聞きたがるといったありがち
な構造は あまりなかったように思う

佐野に関しては ここでも原稿でも何度も繰り返して
書いてきた それは幾つかの心ない意見に抵抗してい
く意味(かつて罵声を浴びせたきみたちのことを忘れ
ないよ)もあったのかもしれないが もっと素直に振り
返ってみれば 歳月の節々で本当にかけがえのない歌
たちを作ってきた彼とともに成長し 時を重ねてきた者
の一人として これからもずっと彼方まで続く光景を
きちんと目に焼き付けていきたい そのためには明日
には忘れてしまうような脆弱な中傷とやらを 蹴り飛
ばしていかなければならないからだった

佐野の音楽に柔らかく流れているものを一言で言い当て
るとすれば それはかつて輝いていたものが どうして
今はそうではないんだろう という問いであり その問
いに関して 彼は驚くほど誠実に立ち向かってきた
初期のような瑞々しい感情を携えた歌だけではなく
ソングライターとして 近年の佐野は複眼的な視点
を宿し より多くの主人公たちの人生を描くことで聞き
手の現在ともよりリアルに共振し 信頼を勝ち得てきた
のである

趣味としての音楽はいろいろあろう
知的好奇心を満たすための音楽もまた然り
そうではなく まるで合わせ鏡のように
佐野の音楽は 僕の側でずっと鳴り続けてきた
彼によって導かれてきた時代の輝きがあり
必ずしも時代の声に祝福されない日々もあった
もはや 陽炎のようにしか映らない過去もある

それでも 佐野元春は「彼」や「彼女」の物語
を これからも歌い続けるだろう














2009/7/25

ダグ サームDJのリスト  

雨天のなか足を運んで頂いた皆様、ありがとう
ございました
お客さまのなかには噂のザディコキックスのメ
ンバーの方がいらっしゃったり  感謝です! 

(前半) 
SDQ/メンドシーノ                                              / ニッティ グリッティ
/シーズ ア アバウト ア ムーヴァー
/ レインズ ケイム
ダグ/ジャスト ア モーメント
クッキ&カップケイクス/マチルダ
ボビー チャールズ/ビッグ ボーイズ クアライ
バディ ホリー/レイヴ オン
ラメロ カバゾズ /カンシオン メクスタ
ライ クーダー/カンシオン メクスタ

(後半)
ジュニア パーカー/サムワン サムホエア
ボビー ”ブルー” ブランド/フー ウィル ネクスト フール ビー
ギター スリム/ ザ ストーリー オブ マイ ライフ
ジョニー エイス/プレッジング  マイ ラヴ
サニー&サンライナーズ/トーク トゥ ミー
ダグ サーム/トーク トゥ ミー
オレンジ カウンティ ブラザーズ/カンティーナ エンジェル
コスモポリタン カウボーイズ/ラグラン ロード
ロス ロボス/ サ ボ アミ
チャーリ プライド/サンアントンに行こう
テキサス トルネードズ/国境の南
ダグ/テル ミー ザ トゥルース
ボトルロケッツ/サムデイ サニー ミルヴァレー グルーヴ デイ
ロス ロボス/アンド イット ディドント イーブン ブリング ユー ダウン
ダグ/ビューティフル テキサス サンライズ

*   *   *

西田さんのリクエスト/ダイナマイト ウーマン
亀さんのリクエスト/T ボーン シャッフル
三輪さんのリクエスト/テネシー ブルース

動員的には今いちの状況でしたが
まあ こういう日もあるでしょう^0^





2009/7/24

今夜はダグ サームのトークDJです  

ダグやサー ダグラス クインテットはもちろん、
ダグに影響を与えたブルースやカントリー
そしてテックスメックスも
聞いてみようという会が いよいよ本日です
一緒に週末の夜を楽しみましょう

西荻窪 shallows cafe 20時スタート
参加費 500円
(他にドリンク、フードのオーダーをお願いします)

http://shallows-cafe.hp.infoseek.co.jp/



2009/7/24

ハモンドB3とファットバック ドラムス〜古い暖簾に新しい風  

23日はファンキー ミーターズを渋谷AXで見た
4/2ミーターズというか オリジナルメンバー
はアート ネヴィルとジョージ ポーターJrの二人
を残すのみだが 新陳代謝がきちんと行われている
のであれば 聞く価値がある、、、そんな思いだけ
で会場に足を運んだ

いやあ 予想を遥かに超える圧巻のグルーヴだった!
私の思いは杞憂に過ぎなかった
バンド自体はポーターのベースが引っぱり 長老で
あるアートのキーボードに気を配りながら 若い世代
のギターとドラムスが思い切りフレッシュなビートを
叩き込んでいく そんなニュアンスで最後まで一気に
聞かせていく

元々無骨なファンク バンドだから いわゆる大衆性
はないし 誰もが口ずさめるような曲はスティーヴン
スティルスの理想が掲げられた「愛の讃歌」くらいし
かないのだが 曲の間を空けずに リフを各自が
提示していき 次のナンバーへとなだれ込んでいく
様が もうスリリングで!

骨組みだけだからこそ
剥き出しになるファンク熱!
こうした根源的ともいえるビートの連携に
反応出来る人こそ 真のアフロ〜アメリカン
の音楽ファンだろう
(中村とうようさん風に)

演目としても「シーシー ストラット」「ピープル
セイ」「アフリカ」「ファイヨー オン ザ バイヨ
ー」をはじめ ほとんどの代表曲を惜しみなく繰り広
げる ニューオーリンズの伝統に敬意を込めた「ティ
ピティーナ」に 歴史への連続線が伺える
セカンドラインの祝祭が溢れる「ヘイ ポッキー ウ
ェイ」に 人々の笑みがこぼれる

ごく個人的な関心ごととしても ハモンドB3オルガン
と ファットバックをがんがん叩き込んでいくドラムス
を聞けただけで とても満たされた素晴らしい夜だった

2009/7/22

太陽はひとりぽっち  

インドの人々は 皆既日食を不吉な兆候として
恐がるそうだ
太陽が隠れてしまうから
ある意味 まっとうな反応ともいえる

日食が終わると
彼らは歓喜の表情を浮かべて
ガンジス河に 褐色の肌を投げ込む
まるで最初の太陽に感謝するように

次の皆既日食の時
おそらく私は灰となっているだろう
だから今のうちに
本当に会いたいと思う人々と会い
自分のすべきことをしたいと思う

そして いつか
何億光年の彼方に
太陽も燃え尽きて
灰になる



2009/7/21

今日もデッドを聞いていた  

ゆるやかな時間の流れ

それに身を任せてレッシュのベースを
追いかけていくだけで 普通のバンドの
ギターソロ分のお楽しみがある

レッシュにとってベースとはルートの旋回
ではなく 飛び道具なのだろう

73年10月19日 オクラホマのフェアグラウンド
アリーナでの演奏では
終盤の「ダークスター」〜「ジャム」〜「モーニ
ング デュー」の流れが 美しい
そして「ルックス ライク レイン」での
ウェアの瑞々しさといったら!

http://www.dead.net

2009/7/20

ヘイ! ブルドッグ  Rock N Roll

うちのBBSの方で今ヘイ ブルドッグのレアな映像を
見ることが出来ます!
いやあ、カッコイイ
この曲を聞くたびに「ワオ! ワオ!」と犬の鳴き声
を真似してたガキの日々を思い出す
(今もだけど^0^)
ワオ〜!


2009/7/19

守られるべき孤軍〜『メタル マシーン ミュージック』  Rock N Roll

75年8月に発売されたルー リードの『メタル マシ
ーン ミュージック』は ローリングストーン誌によ
って「もっとも聞くに値しないアルバム」とされたり
我が国でもニューミュージックマガジン誌で「私は子
を持つ母親です」というレヴューで0点を付けられる
など酷評され さまざまな問題を投げかけた

しかし日頃ジャンク/ノイズ系をほとんど聞かない私
でさえ このアルバムのイマジネイティヴな音は十分
に伝わってくるし これをバックにスポークンワーズ
を行ったことさえ 私にはあるのだ

大鷹俊一氏の情熱的なライナーが私の気持ちを代弁
しているので
以下に一部を抜粋/引用する


「ここには通常の言葉で言うところの音楽は入って
いない。楽音はもちろんのこと、音を楽しむといっ
たことも不可能と言ってもいいかもしれない。現代
音楽のようなものであるのなら、別段珍しくはない
のだが、あくまでもマス・マーケットを対象とした
ポップスの世界に登場したことによって、とりわけ
特異なものとなっている。
少なくとも彼は、万人に愛されるために本作を作
ったとは思えないし、また通常の価値体系によって
評価を受けようと思っているとは、考えられない。
本作に付けられたルー自身の言葉で、最初に彼は
<リアリズム>がキーワードなのだ、と述べている。
結局それがスタートであり、ゴールである。我々は
ヴェルベッツの「シスター・レイ」での狂おしいま
でのシンプルなビートとノイズが作り出す17分のカ
オスを体験することによって、ロックの枠組みを砕
く快感を体験したわけだが、それをさらに推し進め
たのが本作である。
この作品が袋叩きに遇い、あらゆるロック的な文脈か
ら抹殺されかかった数年後、思わぬところからの動きに
よって、事態は大きく展開をとげる。スロッピング・グ
リッスルが提唱し、ある意味パンク熱以上に世界中の地
下シーンに衝撃を与えたインダストリアル・サウンドが
それである。<高度に工業化された社会における人間の
ためのインダストリアル・ミュージック>と定義された
音は、まさに『メタル・マシーン・ミュージック』の
嫡子にふさわしく、狂暴なノイズやサウンド・エフェク
ツが混在したものだった。まるでその音の正統性を証明
するかのように、今日でも世界各地に、そうしたインダ
ストリアル・ノイズ、エクスぺリメンタル・ミュージッ
クをクリエイトし続けるアーティストたちがいる。また
現在のアメリカ各地のグランジ、ジャンク系のバンドた
ちでもソニック・ユースを先頭に、激しいフィードバッ
クノイズの彼方に未来の閃光を確認しようとする連中の
どこかにこのアルバムの根底にある視線と同じものを感
じることはしばしばだ。さらにあのニール・ヤングが発
表した『arc』は、ノイズとテープ・コラージュ、ダブ処
理したものだが、多くの人がニール流『メタル・マシー
ン・ミュージック』と呼んで絶賛した。そうした一つ一
つが、本作に付けられた冤罪の数々を叩き落としていっ
っているのである。
大きな音量でかければ、爪をむきだしにした獰猛な猛禽
類や、狂暴な牙を持つ肉食獣が中耳器官をのり超えて、
ストレートに大脳へ襲いかかるような恐怖感を味わうこ
とも可能だろうし、微量な音でかければ、近代都市社会
で摩減し丸くなってしまった神経細胞を、細いナイフで
少しずつささくれだたすかのような効用が得られるはず
だ。そういう意味では、非常に優れた、本来的な意味で
の環境音楽なのである。
これを体験し、聞いた人間一人一人の固有の反応や意識
が、すべてなのだ。
もちろん全面的に否定する人もあるだろうし、聞くに耐
えないと止めてしまう人もあるかもしれない。いっぽう
で、ある種の自分なりのリアリズムを感じる人もあるか
もしれない。いずれにしても、こういう作品なのだか
ら極端すぎるほどの反応が、ふさわしいことは間違いない。
最後にどうしても書いておきたいのは、本人も失敗作と
認めたとか、冗談だったという白痴的な風評を、とにか
くこの機会に徹底的に一掃しておきたいということだ
(もちろん祖末な聞き手としての批評家が、どう思おう
が勝手だがそれがあたかも事実のように書かれるのは大
問題だ)。いちばん明解なのはルー自身の言葉だろう。
「僕がちゃんと説明すれば、きっと『メタル〜』をもっ
とよく理解してもらえると思うよ。僕はあのアルバムが
好きだ。受け入れられ方によってさまざまな方向性を持
つ作品だった。単なるジェスチャーじゃなかったんだ。
僕は本当に素晴らしいエレクトロニック・ミュージック
だと思っていたし、新たな分野に興味を持たせてくれた
作品だった」と語っている。
たぶん時代が、このアルバムに追いついたということな
のだろう。それも黙っていて、ただ時間が経ったからと
いうのじゃなく、多くの嫡子たちや仲間たちの行為が、
その暗闇を少しずつ明るくし、道筋を付けていったとい
うことなのだ。事実、ぼく自身も体験する年代、環境、
心理状況によって、さまざまに変化していくことを、
いまも体験している。古くなったり、ただの思い出にな
るのじゃなく、真の意味で時代や時間の枠を飛び越えて
旅をし得るアルバムが、これだ。
初めてこれを体験される方。
驚かれたかもしれない。しかし一度の体験で耳や脳を閉
ざすのじゃなく、時間をおいて幾度か体験を重ねていっ
て欲しい。きっと、今度こそ本当に驚かれるはずだ。
まさに、それこそが、このロック史上最高の問題作の
真の醍醐味なのだ。」(1992年7月15日 大鷹俊一)




2009/7/19

@中目黒バードソングカフェ プレイリスト  

daniel lanois/the maker
cyrus faryar/paradise
stanley smith/sweet buterfly
petty booka/summer breeze
久保田麻琴と夕焼け楽団/初夏の香り
james taylor/ music
laula nyro/dedicated to the one of love〜ohh baby baby
fifth avenue band/nice folks
van morrison/did ye get healed?
van morrison/ive been working
dan hicks with rickee lee/driftten
cowboy junkies/powderfinger
david bromberg band / midnight on the water
tony kosinec/me and my friends
ian and silvia/get up jake
the band/the shape im in
rick danko/what a town
neil young /from hank to hendrix
christopher keaney/let it be gone
joni mitchell/help me
bruce cockburn/all the diamonds in the world
bruce cockburn/salt , sun and time
nick lowe/poor side of town
ron wood/big bayou
佐野元春/二人のバースディ
佐野元春/冒険者たち
佐野元春/ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
nina simoone /here comes the sun
art gerfunkel/crying in my sleep
murray mclauchlan/down the henry moore
amos garrett / but i do
arex chiiton/hook me up
marshall crenshaw/cynical girl
ronnie lane/roll on babe
boz scagges /slow dancer

*   *
dave mason/every woman ( acc ver)
J geils band/wait
beatles/ and your bird can sing
roberta flack/ will you love me tommorow ?
paul mccartney and wings/silly love song



梅雨も明けたので爽やかにまとめてみました
僕の本を装幀してくれた伊藤さん、ソムリエの川村さん
など女性客が8割という異常な? 状態でした^0^
カナダのビール美味しかったです
また やりましょう!
休みなし 怒涛の40曲でした(笑)
梅澤くん、ありがと〜!





















2009/7/17

カナダのビールとDJと  

近年はいろいろなお店からDJをしてくれトークをお願い
します といった依頼をいただくことが多くなりました
思えば毎年少なくとも2〜3回はやっていると思います
こんなくそおやじでいいの? と自分でも思ったりしま
すが お陰さまで毎回お客様はきちんと入ってくれます
(いつもありがとうございます!)
よし、あとは母校での講演会だけだな とか思うのです
が まあ これは恐らく無理でしょうね(笑)

僕自身 飲み屋さんというかロックバーでワイワイと酒
を飲みながら音楽を聞くのが好き、 ということもあり
ますが 音楽家にとってCDが作品であり ライヴ演奏が
その現場であるならば 音楽ライターにとっても それ
と同じようなことが言えるのではないでしょうか?
自慢ではありませんが 過去 日程の都合以外で依頼を
お断りしたことは 一度もありません こんな僕を呼ん
でくれるっていう驚きのほうが勝るものですから

というのも僕の場合 いわゆる職業的な音楽評論家では
なく 未だ一人の音楽ファンであるという気持ちが強く
人様が音楽評論家とか音楽ライターとか呼んでくれるの
は大変光栄なのですが 僕のなかでは「えっ?」という
違和感をどうしても覚えてしまうからなのです 

もともと僕は学校を卒業したあと 音楽業界とは縁もな
い会社に就職し ずっとサラリー生活を続けてきました
その間に何となく「原稿を書いてみないか?」とか「
本を出しましょう」とか言われてきたわけで そうした
意味では 昔から親交があった文屋章さんや藤川穀くん
と立ち位置が近いのかもしれません むろん文章を書い
て対価をもらっている以上 そのことを逃げにしたり
エクスキューズにすることは許されませんけれど

というわけで話しが脱線してしまいましたが 明日
トップ欄に書いてあるように 中目黒のバードソングで
久しぶりのDJです 先日電話でカナダのビールの日本
代理店に勤務されている川村さんという女性と打ち合わ
せをしたのですが なかなか感じのいい方でした
明日はそのカナダのビールのプレゼンも兼ねていて
僕自身 楽しみにしています

それでは明日 会場で!









2009/7/16

終わらないグレイトフル デッド  Rock N Roll

うとうと居眠りして  また目覚めても
まだdarkstar〜st.stephan を演奏している
一風呂浴びてきても
まだthe other one 〜iamを演奏している
この前なんか 夕方に
近所の八百屋にアスパラを買いに行き
家に帰ってきたら 
まだchina cat sunflower〜i know you rider
を演奏していた

つまり そういう人たちなのである
時間軸が異なるのだ
ある意味 ひとつの雄大な組曲を様々なヴァリエイ
ションで組み替え聞かせているともいえる

よく言われることだが
ビート文学を継承した
ロバート ハンターの歌詞には
旅や思索は書かれているけれども
ロックンロールにありがちな暴力がない
それがガルシアの虹のような曲線を描く
ギターとも共鳴し合っていく

思えば僕が世間の流行とやらにまったく頓着
しなくなったのも デッドの”音楽のあり方”
に羨望した故だったのかもしれない

昨日と同じように太陽がそこにあり
明日と同じように月が夜空を照らし出す
それだけで 十分な贅沢な時間の流れ
それの共有
そして今日もまた陽が落ちていく

春の伝説的なヨーロッパ ツアーを終えた
デッドはアメリカに戻り
72年9月17日 ボルチモア市民会館で
以下の曲を演奏している
(dicks picks vol.23より)

promised land
sugaree
black throated wind
friend of the devil
el paso
bird song
big river
tennessiee jed
mexicali blues
china cat sunflower> i know you rider

playing in the band
casey jones
truckin
loser
jack straw
mississippi half-step uptown toodeloo
>me and my uncle

hes gone>the other one>
sing me back home
sugar magnolia
uncle johns band






2009/7/15

フランク ザッパが教えてくれた〜政局あって政治なし  Rock N Roll

東京新聞はローカルなニュースペーパーだけに鷹揚な
記事が多く私は好きなのですが 今日の夕刊一面のキャ
プションは最高でした いわく

『そのまんま麻生解散』

これが「本紙が勝手に命名」というサブタイトルととも
に冠されているのだから気が利いています(笑)
言うまでもなく 知事として大した実績を残していない
にもかかわらず東国原の人気にあやかろうとした自民党
の凋落ぶりと 首相交代なしで解散を企む麻生の魂胆を
掛け合わせたものですが 洒落ていますね

もともと現在の政局は語るにも値しないもので 今回の
都議選も私はよっぽど棄権(も立派な意思表明だ)しよ
うかと思ったくらい
テレビも政治を語らず政局を面白がるといったエンタメ
のような要素が強く そんなゲームに乗るのは愚の骨頂
だとさえ私は思っています 夕方になって批判票を投じ
るためだけに投票所に行ったのですが 実際はカミさん
と「外食でもするかあ〜」と出掛けたついでです(笑)

だいたい候補者の名前を見ても特にピンと来る人はいな
く じゃあ比較的まともな党にでも入れるかあといった
極めて消極的な参加ですが これが一般人の普通の感情
ではないでしょうか? 都市型の無党派〜浮動票層とよ
く表現されるように 私などはその典型でしょう

こう書いていると「お前は政治をおちょくっているのか
?」とか言われそうですが はい、おちょくってます
(笑) というのもあまりに青筋立ててもっともらしい
こと言われると もう生理的に引いてしまいますし
一つの党なり一人の人物の言うことを全面的に依存する
っていうことが もう駄目なんですね 少なくとも
「日本もChange! 」などというお題目を信じるほどおめ
でたくはありません

いつも言っていることですが 私は根本的に群れをなす
ことや徒党を組むことが 大嫌いです それは集団の
怖さや無批判故の暴走を警戒しているからかもしれ
ません フランク ザッパのジョークやユーモアはとき
に毒が強過ぎるところもあるのですが ザッパのような
「おちょくり」は こんな時代だからこそ対象からきち
んと距離を取り”自分で考える”という意味でも必要
なのかもしれません

ところで永田町の番記者でよく麻生や古賀を追いかけて
いるなかで 一人すげえ美人がいますね 私は「政局」
はともかく 思わずそっちを惚けたように見てしまい
ます(笑) いやあ 目が可愛いんです










2009/7/15

祝! 東京ローカル ホンク  

すでにご存知の方も多いと思いますが
昨日 佐野元春さんのラジオ番組『元春レディオ
ショウ』で 東京ローカル ホンクの「お手紙」
が 何と佐野さん本人のリクエストでオンエア
されました!

嬉しいなあ! 佐野さん、ありがとう!

2009/7/14

ジェシ ウィンチェスター〜故郷と歳月のこと  

「私は国境警備隊に追跡されていた。ヘリコプターと
サーチライトと吠える犬。私は死にもぐるいで森を抜
けた。私はよつんばいになって身をひそめた。人々は
私の名を呼んでいた。当局はありとあらゆる方向から
私を追い詰めていた。我が町の徴兵委員会やらFBIやら
王立カナダ騎馬警官隊やらだ。何もかも気違いじみて
いて、あり得ないことのように思えた。私は二十一歳
の、ごく普通の青年で、ごく普通の夢とごく普通の野心
を持っていた。そして私の望んでいることといえば、
生まれついたとおりの、ごくまっとうな人生を送るこ
とだった。私は野球とハンバーガーとチェリー・コーク
が好きだった。そして今や私は永遠に祖国を捨てて逃亡
するかどうかの瀬戸際に立たされていた。それは私には
とても信じられないことだったし、悲しくおぞましいこ
とだった。」
(ティム・オブライエン* 「レイニー河で」より)

レイモンド カヴァー同様オブライエンも村上春樹の翻
訳によって日本でも人気を得た現代のアメリカ作家の一
人です 上記に引用させて頂いた「レイニー河で」は
ヴェトナム戦争をめぐる自らの体験(オブライエンは69
年の2月からおよそ一年間従軍している)を纏めた短編
集『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳 文春文庫
)のなかに収録されていますが 徴兵されたオブライエ
ンがカナダへの逃亡を計る途中で物言わぬ老人と出会い
彼に匿ってもらった6日間の日々を回想したものであり
愛国心と銃を持つこととの間で逡巡し引き裂かれる青年
の心情が赤裸裸に書かれていて息苦しくなるほどです

彼自身が文中で告白しているように「野球とハンバー
ガーが好きなごく普通の青年」が 徴兵をきっかけに
大きな運命の渦とでもいうべきものに翻弄されていく様
は 当時の(今もですが)アメリカの青年たちにとって
日常の一歩先に迫り来るのっぴきならぬ現実でした そ
れは語っても語り尽くせないことなのかもしれません
にもかかわらず 作家としてのオブライエンは「彼は
いつもヴェトナムのことばかり書いている」と批判され
一時は自殺まで考えたと伝えられています 同じことを
書き続けることのほうが ずっと強い芯がいることなのに


徴兵から逃れてカナダに渡ったといえば ジェシ ウィ
ンチェスターというシンガーソングライターのことを
思い起こす方も少なくないでしょう 1942年ルイジア
ナ州シュリヴボートに生まれた彼もまた オブライエン
ように 見えざる手によって軋んでいくような道を歩ん
だ人でした まるで当局が差し出す「お尋ね人」のよ
ように彼の70年のファーストアルバムに貼られた顔写真
が 故郷を捨てカナダへと漂流していったジェシの姿を
皮肉っぽく あるいは自嘲気味に伝えていました

あれから長い歳月が経ちました ジェシ自身も77年には
カーター大統領の「恩赦」によって故郷ルイジアナへ戻
っています そんな彼が久しぶりの新作『Love Filling
Station』を発表しました その温厚な作風は シンプル
で風通しのいいサウンドのなかでこそ映えると思うので
僕はあの素晴らしかった弾き語り集『Mountain Live
Stage』と同じくらいこの新しいアルバムを楽しんでい
ます そして現在の彼の顔をかつての「お尋ね人」と重
ね合わせてみると 残酷なばかりが歳月ではないといっ
た温かい思いに満たされます いやあ それくらいいい
顔をしているんですよ 今のジェシは
永遠に奪われてしまった時間さえあるというのに

ジャケットには何の変哲もないガソリン給油機が映って
います 録音されたナッシュヴィルの街角にあるものな
のしょうか アメリカの人々にとって 車に乗って 
”移動” することが日常であり また現実からの一歩
先であるとするならば ここに置かれたガソリン給油機
がほのめかすものは やはり旅なのかもしれません

かつて祖国を捨てた青年が 今まるで「レイニー河で」
に描かれている ”物言わぬ老人”のように あの日の
オブライエン青年に向けて優しく 思慮に富んだ眼差し
を投げかけています そのような循環や時間という試練
のなかで ジェシの歌は再び生命を吹き返していく
そうした営為のなかにこそ歌は宿るのではないでしょう
か それがたとえ「Sham-A-Ling-Dong -Ding」のよ
うに 十代の無邪気な恋愛を振り返った歌であったとしても



*ティム オブライエン

1946年 ミネソタ州オースティンに生まれた
1969年の2月から1970年の3月までヴェトナム戦争に
歩兵として従軍し のちに作家生活に入る
代表作は『ニュークリア エイジ』『本当の戦争の話を
しよう』『世界のすべての七月』など
ちなみに彼の良き理解者である村上春樹は『七月』のあ
とがきのなかで こう言い表している
「オブライエン本来の無骨さというか、不器用さという
か、ある種の下手っぴいさは、今でもじゅうぶんに僕ら
の耳目を引きつけることになる。たとえ彼の作風が進化
し、技術が進歩したとしても、彼の下手っぴいさはそれ
で解消するわけではなく、むしろ下手っぴいさそのもの
が進化し、進歩することになる。そういう不思議な趣が
オブライエンの小説にはある。(中略)オブライエンは
文学的下手っぴいさの孤累を守り続ける。」

















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