東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/7/26

佐野元春&コヨーテ バンド  Rock N Roll

を江東区のゼップ東京で見た
追加公演の神戸を除けば ほぼツアーファイナルと
いっていいこの一夜は 実にエキサイティングなも
のとなった むろん本編のテーマは『コヨーテ』の
全曲をライヴの場で実践するというものだ

2年前の最新作『コヨーテ』の世界観をきちんと受け
止めようとする聴衆のありようが バンド側にも伝わ
ったのか 佐野自身とても嬉しそうだった
そこにファンは昔の曲を聞きたがるといったありがち
な構造は あまりなかったように思う

佐野に関しては ここでも原稿でも何度も繰り返して
書いてきた それは幾つかの心ない意見に抵抗してい
く意味(かつて罵声を浴びせたきみたちのことを忘れ
ないよ)もあったのかもしれないが もっと素直に振り
返ってみれば 歳月の節々で本当にかけがえのない歌
たちを作ってきた彼とともに成長し 時を重ねてきた者
の一人として これからもずっと彼方まで続く光景を
きちんと目に焼き付けていきたい そのためには明日
には忘れてしまうような脆弱な中傷とやらを 蹴り飛
ばしていかなければならないからだった

佐野の音楽に柔らかく流れているものを一言で言い当て
るとすれば それはかつて輝いていたものが どうして
今はそうではないんだろう という問いであり その問
いに関して 彼は驚くほど誠実に立ち向かってきた
初期のような瑞々しい感情を携えた歌だけではなく
ソングライターとして 近年の佐野は複眼的な視点
を宿し より多くの主人公たちの人生を描くことで聞き
手の現在ともよりリアルに共振し 信頼を勝ち得てきた
のである

趣味としての音楽はいろいろあろう
知的好奇心を満たすための音楽もまた然り
そうではなく まるで合わせ鏡のように
佐野の音楽は 僕の側でずっと鳴り続けてきた
彼によって導かれてきた時代の輝きがあり
必ずしも時代の声に祝福されない日々もあった
もはや 陽炎のようにしか映らない過去もある

それでも 佐野元春は「彼」や「彼女」の物語
を これからも歌い続けるだろう
















teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ