東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/8/11

logの普及が何と37%  

渋谷陽一氏* のブログ『社長はつらいよ』は
基本的に日経新聞のデータに
関するコメントという形を取っているが
日本人20〜50代の男女1000人のうち37%が自分
のブログを持っているという統計には
僕も驚いた

形から入る者 他人がやっているからと追随する者
世間知らずのお嬢さんの手慰み的な内容から
どう考えても稚拙なモノまでさまざまあるが
ある程度の社会的責務を果たしていこうとするものや
自分の見解をそれなりに伝えるものには
共感を覚える

というか そういうリスクを個人個人が負っていなけれ
ば 記名で不特定多数に発信する意味などない
のではないだろうか?
たまに人から「小尾さん、撃たれ強いですね」
なんて言われたりもするけれど
そういう覚悟というか信念が 僕にはあるから
逆に言えば ”弱い” 人にとっては
不向きなメディアなのかもしれない

他人がどういうlogを書こうが勝手だが
政治的なことを迂回したような内容は気になる
むしろ「風に吹かれてナンボ」のものだと
僕は思っている


註:渋谷陽一(しぶやよういち)

出版社ロッキング オンの創始者であり 現社主
学生時代から吉本隆明に私淑してきた評論家でもあり
70年代のカウンター カルチャー世代のなかでは
最も商業的な成功を収めた
坂本龍一や北野武 政治学者の藤原帰一らと親交が
深く 近年は自らが編集する『SIGHT』誌などで
自らの政治的な見解を明らかにしている






2009/8/11

本日の朝刊から  

麻生太郎首相は10日夜、終戦記念日の15日に
靖国神社*を参拝するかについて「国家のために
尊い命を捧げてきた人たちを政争の具にするのは
間違っている。政治やマスコミの騒ぎから遠くに置
かれて然るべきだ」と述べ、見送る意向を示唆した。
中国、韓国など近隣諸国との関係にも配慮したもの
と見られる。(東京新聞)

*   *   *
呆れてものも言えない 政争の具にして騒ぎを大きく
してきたのは むしろこれまでの自民党だろう
分祀の問題も相変わらず棚上げされたままだ
実際は選挙前にこれ以上票田を失いたくない 不用意
なコメントでこれ以上失墜したくない といった意図
が見え見えだね もう麻生の詭弁にはうんざりだ!



註:靖国神社問題(やすくにじんじゃもんだい)

戦争史観(植民地史観)によって未だ激しく意見が対立
している 天皇制 政教分離 A級戦犯の合祀などの問
題も事態をより複雑にしているようだ ちなみに終戦日
の15日の同神社周辺は 毎年騒然とした空気に包まれる
06年の小泉首相の終戦日参拝も 評価を大きく分けた事
件として記憶に生々しい



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