東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/11/30

11月30日  

本格的に冬が到来したのだろうか
今朝は今年初めての底冷えを感じた
それでも毎朝バイト先に向かう途中
千川通りの樹木を眺めるのは ささやかな楽しみだ
銀杏がひたひたと舞うたびに 季節を感じる

こんな時には思いっきり包容力のあるヴァン モリソン
の音楽を どうしても聞きたくなる
なかでも晩秋に合わせたら91年の傑作『Hymns To
The Silence』だろうか

若き日の熱情を迷宮のなかに探っていくような
68年の『アストラル ウィークス』から20年と少し
ヴァンが辿り着いたのは
まさに ”静寂への賛歌” だった

こと自分に限っても
思ってもいないことを口にして後悔することがある
その誤差を埋めようと思えば思うほど
無口になっていく自分を感じる
ものを言うことが正しいのか
ものを言わないことが 果たして正しくないのか
少なくともぼくは
その誤差を自覚していきたい

それはともかく ヴァン モリソンは
若い時から聞いてきて本当に良かったと思える
音楽家の一人だ
これからの季節だったら『ヴィードン フリース』
や『コモン ワン』そして『アイリッシュ ハートビ
ート』などのアルバムも
佳き伴侶となるに違いない

何も語らない冬の大樹は
ぼくを黙らせる

















2009/11/29

11月28日  

奥田英朗にハマってしまい 『無理』http://bookjapan.jp/search/review/series_newrelease/090904/review.html
に続いて 初期の『最悪』も読了
いずれも500ページを超える大作だが
少しもダレる展開はなかった
昨年の前作『オリンピックの身代金』
に関しては
http://bookjapan.jp/search/review/200812/obi_takashi_01/review.html
もご参考になれば
現在は『邪魔』の上巻を購読中

ちなみに 産経新聞による最近の取材に奥田は
「人間の滑稽さを描きたかった」と新作のことを
答えている
そんな意味ではフランク ザッパの音楽を聞いて
いるような饒舌な毒というものを奥田ワールドは
感じさせる そうした対比で言うと小川洋子は
さしずめランディ ニューマンだろうか

*     *

28日は大井町のグルーヴァーズ パラダイスで
コスモポリタン カウボーイズのライヴを楽しむ
彼らの演奏にはおよそ20回以上接していると思うが
この日は今年のベストとも言える熱い出来映え!
ハル宮沢が全編ストラトキャスター一本で通した
のも ひさしぶりのことだった
ギンギンにアームを駆使したロッキンな演奏には
「アームをしていると ああ無情の境地です」
と笑いを取り
銀座にあるカントリー系のハコとの齟齬に関しても
ユーモアに包みながら吹き飛ばすなど
MCも冴えていた
多かれ少なかれ「形」から音楽に入るのは洋楽文化を
享受してきた日本人の宿命かもしれないが
コズモズの演奏にはそれを逆手に取ったような
自由奔放さを感じる

終演後はメンバーたちやザディコキックスの西田さん
と談笑しつつ 帰路に着いた









2009/11/22

11月22日  文学

奥田英朗の最新刊『無理』が
めちゃくちゃおもしろい
まだ途中だが 今日は朝から読んでいた

『無理』というタイトルのインパクトにも
凄いものを感じるが 巨大なショッピングモール
だけがある地方都市の停滞感が 何ともリアルに
描かれていく そんな意味では吉田修一『悪人』
を思い起こさせる

主な登場人物は
相原(バツいちの地方公務員:行政の表裏を知りつつ
ある年頃)
久保(進学校の高校二年の女子:この田舎を抜け出し
東京の大学に行くことに憧れている)
加藤(元暴走族:これまたバツいちで押し売りセール
スマンが現在の仕事)
堀部(スーパーの保安官をしている離婚歴のある女:
新興宗教にすがっている)
山本(市議会議員:ばりばりのエリートで県議への道
を狙っている)

一章ごとにこの五人が第三人称の主役として
立ち代わり物語を 推し進めていく
後半にこの五人がどう交差しながら結末へと向かう
のだろうか
すでに脇役での伏線もある

歯切れのいい文体や会話のなかにも
ユーモアと皮肉と現代への警句があって
飽きさせない

それにしても『無理』という言葉が
キーワードになってしまう今の時代は
なんだか




2009/11/22

11月21日  Rock N Roll

新宿のclub doctorで
ワタナベマモルpresents:{Milk &Alchool}のイベント
を楽しむ

めんたい〜ビート系の5バンドの演奏と
間に挟まれたDJによる音楽は クラブ名から想像出来
きる通り 質実剛健でぶきっちょなロックンロール
ばかりだが この種の音楽がすっかり日本にも定着し
たことに 自分としてはある種の感慨も抱いた

ゴリゴリのビートロックが並ぶなか
お目当てのコーガンズは自らのロッキン ソウルを
じっくりと展開し 大人の表情を見せる
ミディアム テンポに於ける裏カッティングの妙や
しなやかに弾むヴォーカルなどが光っていた

いわばギターロック文脈でのソウル追求であり
もっと長く聞けたらと思わせる充実ぶり
清々しい思いで帰路に着くことが出来た

自分は年内にあと5、6本ライヴに行く予定
どれも日本の人たちだけです


2009/11/20

ひょえ〜  

いつどこで 誰に見られているか解りませんな(笑)
気を付けよう 己の言動とおもてなし^0^

http://www.stereosound.co.jp/bsweb/topics/200906022302042


とはいえ つい何かを言いたくなってしまうのは
オヤジの性だろうか
SYDというお嬢さん http://blog.livedoor.jp/waytoblue/
が書かれているドニー フリッツのライヴ評は
稚拙だった それが若さ故の落とし穴だとしても

むろん彼女が@横浜サムズアップでの公演をどう感じ
ようが自由だ ただ気になるのは あまりにも自分が
レコードなりCDなりで聞いてきたフリッツの像だけを
追いながら 実際のライヴ演奏とのズレに執着してい
るように思えてならないから

そこにあるのは目の前で繰り広げられている演奏に心
を開いていく柔らかな流れではなく 微温的で偏狭な
SSWファンにも通じる身勝手で頑な ”部屋” だけだ
少なくともぼくは そこに共感することは出来ない
故 津田和久さんを慈しむ素晴らしい文章を書かれてい
たSYDさんだけに 残念でならない

(SYDさんのlogにコメント欄がありませんでしたので
ここに書きました あしからず)
 

2009/11/20

このまえ  

近所で評判の焼き肉店「格之進」
http://kanzakiushi-kakunoshin.com
に行ってきた

美味い! 肉の柔らかさに驚く
何でも肉を仕入れるのではなく
岩手にある自社の牧場で育てた黒毛和牛を
直接提供するのが売りらしい
タレも 塩/胡椒、醤油だれ、レモンだれ
など三種類ほど選べる

少しだけ高級指向の店で
最後にクッパをオーダーしたら
「申し訳ありません 当店では扱っておりません」
と言われてしまった^0^




2009/11/13

お知らせ  

みなさまへ

今月15日に発売される『レコードコレクターズ』誌
に先日来日したドニー フリッツのインタヴュー記
事が掲載されます もしよろしければ読んでみてく
ださい 6ページと分量も多めに取らせて頂きました

1990年秋のデイヴ エドモンズ以来 いろいろな
音楽家たちと言葉を交わしてきましたが 今回の
ドニーさんもまた 心に残る取材となりました

さて 話は変わりますが
弊書『Songs〜70年代アメリカン・ロックの風景』
(お陰さまで07年の日本図書館協会選定図書に選ばれ
ました)と『my favorite of US Records』及び同
『UK』編は 版元の事情により残念ながら 現在の
店頭もしくはネット販売分の在庫のみとなりそうです

こちらに興味がおありの方は どうかお急ぎください
ご購入方法と 寄せられた書評の一例を貼っておきます
http://bookjapan.jp/search/isbn/9784903082783/
また出版のお仕事に携わる方で この版権などに関心を
持たれた場合は 私に直接お問い合わせ頂ければと思い
ます とりあえずは弊logにご連絡ください
追ってメールを差し上げます

そういえば上に記した書籍類も このlogを見つけ出し
連絡してきてくれた青年との三年前の出会いが
すべての始まりでした

以上 よろしくお願い致します

2009年秋  小尾 隆


2009/11/10

音楽に対する感受性  

久しぶりに『レコードコレクターズ』の86年3月号
を引っ張り出し 中村とうよう氏の『新伝承派って
ナンだ?』を読み返した 内容の主旨はとあるジャズ
雑誌でケンカを売られたとうようさんが 商業主義に
迎合したその雑誌に反論するというもの その内容を
ここで書くことに私の意向があるのではないが 私が
以前から大事にしていることに氏が触れていたので
改めて紹介してみたくなった 早速引用させていただ
きたい  

「数日前、くだらないフュージョンのアルバムのライ
ナー・ノーツに何気なく目をやったら、さるフランス
映画で15歳の少年が(チャーリー・)パーカーのレコ
ードを流しながらベッドの上で本を読むシーンが何度
も出て来たが、これが新しい聞き方であって、パーカ
ーをスピーカーの前で腕組みしながら聞くような保守
的なオジン評論家は反省しろ、と書いてあった。これ
は音楽に対する根本的な態度の違いであって事実誤認
とかではないから、別にここで槍玉に上げたりする気
はないが、パーカーのレコードをかけながら本が読め
ることは新しいことでも何でもなくて、ただ音楽に対
する感受性が欠如しているに過ぎない。フランスの15
歳の少年でなくても、ぼくの郷里の山奥のジイちゃん
バアちゃんだってパーカーを流しながらワラジを編む
ことは出来る。それをやらないのは、何にもならない
ムダなことを彼らはしないということに過ぎない。
とにかく、音楽に対する感受性もなければ音楽を聞き
たいという意欲もない少年が、ただ物をムダに消費す
るのが習慣化しているのでその習慣に従って音楽をム
ダ使いしているというだけのことである(後略)」

激しく共感します 少しだけ譲ってイージーリスリン
グなどのBGMならまだしも パーカーのように器楽の
アドリブ演奏に生命があるジャズを”聞き流す” とい
う感覚は演奏家への侮辱だと思うし それを新しい聞
き方だなどと  さも得意気に書くライターの無神経さ
にも唖然としてしまう 

「何にもならないムダなことを彼らはしない」
とうようさんの言葉は重い 人類が培ってきた叡智
というものも 恐らくそういうものだろうから

聞けないくらい沢山のCDを買い込んでいないか
一枚の「アルバム」を繰り返し丁寧に聞いているか
流行や話題に流されて音楽を”浪費” していないか
そうした私たちの現実さえ 照らし出していく問題
提起なのである

翻って自分を考えてみれば 節操や脈路なく昨日は
あっち 今日はこっちとコロコロと目先を変えるよ
うな聞き手ではないと思うが 一人の書き手として
の審判は第三者の判断に委ねるしかないだろう

「音楽は聞かなければ何も始まらない」
私が尊敬する音楽評論家 ポール・ウィリアムズの
言葉だが それはまた反語でもあろう
だから私は もう少し肯定的に言い直してみる

「音楽は聞けばすべてが始まってゆく」と





2009/11/10

素晴らしきチカーノR&B、Thee Midniters !  Rock N Roll

DJであればオープニングをゴキゲンなインスト曲で
持っていきたいと考える人は少なくないだろう

スモール フェイシズ「own up time」
マンフレッド マン「spirit feel」
スペンサー ディヴィス グループ「blues in F」
といったグルーヴィーなオルガン曲が すぐに
思い浮かぶ
私のようなひねくれたオヤジはニック ロウの
「awesome」などを引っ張ってきたがるが
健全なる男子女子であれば
むろんMGsで堂々と勝負するのも構わないはず

ふと 思い起こしたのは
昨年の夏 ブランディンに呼ばれて回させて頂いた時
宮治淳一さんが瞬時に「blues in F」を言い当てたこと
流石は耳の達人!

ストーンズの「2120 south michigan ave.」なども
そんな意味で愛すべきインスト ナンバーだ
LP時代は西独編集盤でしか聞けなかった同曲のロング
ヴァージョンも 02年以降の現行アブコ盤CDの
『12×5』では このロング ヴァージョンを収録
かつての苦労を知る者としては いい時代になったも
んだと 何だか溜息が出てきます

ところでこの「2120」にそっくりなインスト曲
「whiter bivd.」を演奏しているのが
60年代のチカーノ(註1)R&Bグループである
thee midnitersである
同じ65年の作品 果たしてどちらが真似したのかは
定かではないが イーストLAのクラブ バンドで鳴
らしたthee midnitersらしいと言えるかもしれない
私 このバンドのLPを探すのに昔 非常に苦労を重
ねました^0^

そのthee midnitersの4枚組ボックス『songs of
love,rhythm & psychedelia! 』が米micro werksか
らリリースされた ガレージ バンドらしいチープ
なオルガンや クリス ケナー「ダンス天国」など
の定番R&Bのカヴァー マッキンレー ミチェルの
ワンダーフル吹き込みで有名になった名バラード
「the town i live in 」などで見せる情熱など
やはりヤング ラスカルズと同じ匂いがするのは
非アングロ サクソンという出自故だろうか?

ちなみにこのグループの素晴らしいヴォーカリスト
であるLittle Willie Gは 今なお現役であり
ロス ロボスの『the ride』(04年)や今年発売
されて話題を集めたダグ サームへのトリビュート
作『keep your soul』にも参加している


(註1) 「チカーノ」chicano

メキシコ系アメリカ人の総称 テキサス州はもとより
ロスアンジェルスにもイーストLAと呼ばれるチカーノ
の居住区(バリノ)があり 今をときめくロス ロボ
スもそこで育った ブルース スプリングスティーン
のメガ ヒット「ボーン イン ザ USA」をパロディ
にしたチーチ&チョンの「ボーン イン ザ イースト
LA」という曲もあった ちなみに熱心で殉教的な音楽
評論家のレスター バングス(註2)は リッチー バ
レンスの「ラ バンバ」をパンク ロックの元祖として
位置付けていた ロックンロールの初期の古典曲「
ルイ ルイ」(註3)との相関性を考える時 バングス
の見解は俄然説得力を増してくる

(註2)レスター バングス leicester bangs

クリーム誌出身の音楽評論家/DJ  MC5やストゥージ
ズなどパンキッシュでハードなロックを支持した
キャメロン クロウ監督の映画『あの頃、ペニーレイン
と』(00年)では
時代の波に翻弄されるバングスの姿が いささか滑稽に
それでも優しく確かな眼差しとともに映し出されている
くたびれた中年男のバングスが 若く勇ましい少年と
会話を交わすシーンは ほろ苦くも美しく 人生に於け
る態度決定というものを観る者に促す

(註3)ルイ ルイ louie louie

キングス メンによるヴァージョンが一般的かもしれな
いが ロスアンジェルスの黒人歌手リチャード ベリー
による55年版がオリジナルとされている そのベリーが
メキシコのグループであるリッキー リヴェラ&リズム
ロッカーズと活動していたという事実も興味深い
バディ ホリーの「ノット フェイド アウェイ」は
今なお多くの音楽家がライヴ ステージの終盤に選ぶ
”なかなか終わらない”曲のひとつだが その循環コー
ドにも「ラ バンバ」や「ルイ ルイ」との共通点が見
い出せる なおサンタモニカ発のライノ レコーズによ
る『the best of louie louie vol.1』(83年)と『同
vol.2』(89年)は ソニックスからキンクスそして
モンゴ サンタマリアまで 文字通りあらゆる「ルイ 
ルイ」を集めたコンピレーションLPだ  その馬鹿馬鹿
しさとユーモアも ロック音楽の忘れてはならない側面
だろう



2009/11/8

ダン・ベアード〜彼が掌に握ったロック音楽のこと  Rock N Roll

とくに話題になることもなく昨年リリースされていた
ダン ベアードの新作を やっと購入することが出来た
”Dan Baird & Homemade Sin " とバンド名をセルフ
タイトルとしたアルバム名は素っ気ないが 
逞しいアメリカン ロックの本流に 思わず笑みがこ
ぼれてくる

あの懐かしいジョージア サテライツ時代に溯って思い
起こしてみれば  殆ど聞くべき音楽がなかった80年代
の半ば  彼らやファビュラス サンダーバーズそして
ロング ライダーズやロス ロボスの存在にどれだけ
救われてきたことだろう

とくにジョージア サテライツの場合 バンドの楽しさ
がそのままロックの興奮として殆ど伝わりにくい時代に
あえて孤軍奮闘していったような
そんな響きがある

あの時代は私自身 東京の住人でありながら 
バブルに沸き立つトーキョーに馴染めなかったことを
思い起こす
土地転がしが暴利を貪り
自称プランナーが企画書をでっち上げるだけで
100万円が転がってきた時代(そこら辺は奥田英朗が短
編連作集『東京物語』に活写しているのでご参考まで
に)の話である

孤軍奮闘 確かにそうだろう MTVがヴィジュアルロッ
クを推進していた ジャーニーがまるで大風呂敷のよう
な産業ロックを謳歌していた あの垢抜けないテキサス
のロック トリオであるZZトップでさえ カメラをまえ
にポーズを取っていた
ヒューイ ルイスはまるで自虐のように「ヒッピーも
やがてスクエアになるんだぜ」を歌っていた
おい ドラムスにゲート エコーなんか施すなよ(笑)

そんな時代にあって ダン ベアード率いるジョージア
サテライツは もう殆ど愚直と呼べるくらいに かつて
のロックの偉人たちへ敬意を払った チャック ベリー
やジェリー リー ルイスらのオリジネイターはむろん
大いなる道しるべとしてのクリーデンスや
愛すべき酔っぱらいバンドであるフェイシズ(イアン
マクレガンが録音に駆り出されることもあった)らへ
の共振を隠そうとはしなかった 自分たちの音楽が過去
の偉人たちに多くを負っていること それなしでは自分
たちなど ちっぽけな存在であること
そうしたことに対して 少なくとも彼らは驚くほど
真剣だった

今こうして ダン ベアードの最近作を聞いていると
彼の周りで時代が勝手に流れ去ったような印象を受ける
無邪気さゆえに他人から愛されるタイプの人がたまに
いるけれども ダン ベアードもまさに そんな一人か
と思う

彼が掌で温めてきたロック音楽が いつしか
人々の信頼を呼び戻していたのだ




















2009/11/7

以心伝心のロック・アンサンブル〜80年代に残された二枚のアルバムのこと  Rock N Roll

以心伝心のロック アンサンブル
その鑑のような演奏を堪能出来るのが
ボニー レイットの『グリーン ライト』(82年)だ
そのリマスター盤(02年)をカミさんが買ってきた
音の粒立ちがめちゃくちゃイイ!


レイットを支えるバンプ バンドの面子は以下の通り

イアン ”マック” マクレガン(kbd)
ジョニー リー シェル(g)
小原 礼 (b)
リッキー ファター(ds)

この面子が揃うのは81年のイアン マクレガン作
『バンプ イン ザ ナイト』でのこと
つまりロブ フラボニ(シャングリラ スタジオ)が
連中を気に入り そのままレイットの録音に抜擢した
のだ この時点でNRBQのナンバーを2曲取り上げた
審美眼にも驚かされる 余談だが ファターはジョン
スコフィールドの最新作(09年)にも参加している

心あるロック ファンであれば とっくに愛聴している
だろうこの2枚 
音の隙間でビートが呼吸している 
たぶん最高の部類に入るロック アルバムであり
私が聞き手としてロックンロールに求める基準と理想が
ここには確かに息付いている

ロックンロールの永遠性を激しく訴えかけてくるような
以心伝心のアンサンブル 
ビートの含蓄
きっとスタジオは歓喜の渦に包まれていたことだろう
人々はそれをロックンロールと呼ぶ

美しい





2009/11/5

奇妙な染みを残していくような音楽〜ビッグ・スターのボックスセットのために  Rock N Roll

ビートルズが最も有名なポップ アイコンだとしたら
このビッグ スターはさしずめ最も知られていないロ
ーカル バンドの一つだろう そんな彼ら念願のボッ
クスセット『keep an eye on the sky』が遂にライノ
レコーズから発売された
売れなかったことに彼らの責任はない 運命とはいつ
の時代もそういうものであり それを人々は後にな
ってから伝説などと呼ぶのだ 

CD 1

ビッグ スター結成以前のクリス ベルやアレックス
チルトンのソロ またはアイスウォーターやロックシ
ティといった前身バンド名義の録音に始まる  黒幕
ではテリー マニング(エンタープライズにソロ作
あり)がベルとチルトンを繋ぐキーマンだったはず
72年のファースト アルバム『#1 Records』からは
ミックス違いヴァージョンやシングル ヴァージョン
を含めながら全曲を収録 他にデモ吹き込みが終盤に
3曲 そこではラウドン ウェインライト3世の「モ
ーテル ブルーズ」も興味深い
60年代にチルトンが在籍していたボックストップスが
白人R&Bバンドであったことや このビッグスターも
ブラック ミュージックの震源地であったメンフィス
出身だったことが 彼らのイメージを絞りにくくして
しまったのだろうか? むろんここに聞けるのは黒さ
が微塵もないギターロック 人々はそれを後から”パワ
ー ポップ” と呼んだ 今から40年近くも昔の音楽と
はとても信じられない瑞々しい情感が溢れ 躍動する
若々しさに満ちている

CD 2

早くもベルが脱退しトリオとなった彼らだが チルトン
が健闘し よりポップな色彩の『radio city』を74年に
リリース バングルズが取り上げた「セプテンバー ガ
ールズ」くらいは御存知の方も少なくないだろう その
アルバムを核として ここでも別ヴァージョン デモ
そしてベルのソロ作品などが満載だ 『radio city』の
最後を締めくくっていたチルトンの弾き語り「アイム 
イン ラヴ ウィズ ア ガール」は その何気なさゆ
え心に残る 

CD 3

問題作『3rd』もしくはその改訂版『sister lovers』
といった75年前後の作品を収録 問題作と書いたのは
当時 レコード会社があまりのダウナーな内容に驚き
発売を見送ったためだ しかしこの録音があったから
こそビッグ スター及びチルトンはカルト ヒーロー
となり 新世代から惜しみないリスペクトを受けてい
ったのだと確信する まるで青白い光のなかを松明を
掲げて俯きながら歩いているようなチルトンの歌が
時代を超える共鳴を得た ヴェルヴェッツ「宿命の女」
のカヴァーも見事に嵌っている 何でも録音当時のチ
ルトンはドラッグの乱用で大変だったらしいが 「ジ
ーザス キリスト」や「ホロコースト」といった曲は
聞き手を捉えて離さない もはやチルトンのソロ作品
と言ったほうが適切だろう まるで蜉蝣のように孤独
な魂がここに

CD 4

地元メンフィスはラファイエット ミュージック ルー
ムに於けるライヴを収録 メンバーが三人になってから
のステージで 73年1月の録音と記されている 以前に
もライコディスクからライヴ盤が出ていたが むろん
それとは異なる未発表の貴重な発掘で 全20曲がワンシ
ョウの如く楽しめる 代表曲のほかにはブリトーズの
「ホット ブリトー#2」Tレックス「ベイビー ストレ
ンジ」トッド ラングレン「スラット」などをカヴァー
している

〜最後に〜

誓って言うが 72年当時ビッグ スターのレコードを聞
いていたロック ファンは皆無だった そこら辺りの状
況はやはりラズベリーズやバッドフィンガーとは違って
いたのだ 私も例にもれずチルトンのソロから彼のキャ
リアを溯っていったのだが 彼のゴツゴツとした歌声
や無頼の匂いは 以降も私の彼に対する信頼を繋ぎ止め
てきた ビッグ スターにしても その音楽は奇妙な染
みのような何かを残してゆく それこそが私が前回書い
た”守られるべき聖域”であり 未完成なものが運び込
んでくるリアルであるのかもしれない
ちなみに今回のボックスセットのタイトルには
keep an eye on the sky とある
これはチルトンの75年作「ストローク イット ノ
エル」の歌詞から引かれたものだ








2009/11/4

意味を求めない作家〜小川洋子のこと  文学

小川洋子の「夕暮れの給食室と雨のプール」
(『妊娠カレンダー』文春文庫に所収)を
再読した

美しい

彼女の作品の殆どを読んでいると思うが
小川の静謐さが短編のなかに凝縮されている
一編として そっと人に教えたい

10代や20代が欲する読書
あるいは近代文学と呼ばれるジャンルは
とかく意味を求める傾向があると思うけれども
そうした点で 小川作品は”意味”に絡め取られて
はいない

むしろ彼女は一貫して声を発さないものに目を向け
それらが発する言葉にならない言葉に耳を傾けてき
た それは匂いであり 色彩であり 肌に触れてく
る感触である あるいは直感のようなものかもしれ
ない

それにしても「夕暮れの給食室と雨のプール」に
於けるイメージの奔流は 読む者を黙らせる
読み手それぞれが夕暮れの給食室や雨のプールを
感じ取り そこに思い馳せる
たぶん それがすべてであろう

意味はあとから付いてくる
意味はけっして付いてこない

そうした沈黙のなかで
私は小川洋子という人の海底へと触れてゆく

私に意味はない
だからこそ 意味は私を規定しない






2009/11/3

ビッグ・スター〜ギター・ロックの守られるべき聖域のこと  Rock N Roll

今ぼくの手元にはビッグ スターの写真がある
売れない音楽に情熱を注ぐという意味で あの
ジョン ピールにも劣らない英国のDJ チャー
リー ジレットが写したその写真では ややピ
ンボケ気味に 4人組がこちらを見据えている
メンフィスのローカルなフォー ピース バン
ドが 何故ジレットの目に留ったのかは定かで
はないけれども

ビッグ スターは『#1 レコード』(72年)と
『ラジオ シティ』(73年)という ほとんど
売れないアルバムをアーデント レコードから
発売し 幻と呼ばれるサード アルバムを録音
して解散したグループだ 今ならむしろ”ロウ
バジェットの帝王” とか”ロウ ファイの先駆
者” とも称えられるアレックス チルトンが
かつて在籍していたグループと言ったほうが通
りがいいかもしれない

REMからマシュー スウィート あるいはリプ
レイスメンツからティーンエイジ ファンクラブ
までが ビッグ スターへの敬意を語ってきた
人によってはザ バーズのあの輝かしいジングル
ジャングルの朝へと連れ戻してくれるフレッシュ
なサウンドであり バッドフィンガーからラズベリ
ーズへと連なるメロディ ロックの系譜を思い起こ
させるかもしれない 

いずれにしても ロック音楽のいささかぎこちない
後継者たちが この不遇なビッグ スターというグ
ループを埃のなかから救い出してきたのだ 

音楽であれ 文学であれ
完成されていないものが運び込んでくるリアルとい
うものが この世には確実に存在する
完成されたものには いっときの娯楽と満足がある
でも 後になってから自分の影のように気になって
くるのは
むしろ 片足をあらぬ方向へ踏み出してしまった彼や
いつの間にか学校に来なくなった彼女のことだったり
する 少なくとも そういう匂いがしない音楽にぼく
は けっして心動かされたりはしない

グループ名とは裏腹に短く燃え尽きたバンドだったけれ
ども あのフレイミン グルーヴィーズとともにビッグ
スターは ある種のロック フリークにとって
ギター・ロックの守られるべき聖域であり続けている























2009/11/1

リンク集更新のお知らせ  

主にブルーズやニューオーリンズ音楽のライター
として活躍されている陶守正寛さんによる
Blues Ginza Blogを リンク集に追加しました

僕自身 とてもいい刺激をもらっています!
陶守さん、また飲みに行きましょうね^0^

http://black.ap.teacup.com/sumori/






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