東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/4/1

4月1日 晴れと風  文学

佐々木譲『廃墟に乞う』(09年 文藝春秋)を読了
今年の18冊め 318ページ

例によって北海道を舞台にした警察小説を連作とし
て六篇収録する いずれも主人公は心因性ストレス
で休職中の警官だが その間にも多発する事件を
”私人”として観察するという立場を取っている

観察 それは洞察と言い換えても構わないが
犯罪者の背景への想像力がずば抜けて鋭い
物事を白黒で結論付けるような公明正大が人生だと
思っている人には驚異であり危険な小説だろう
それほど人も犯罪も業が深いという結論になってしまう
のだが いわゆるテレビのコメンテイターの見識が
いかに薄っぺらい正義とやらに支えられているかを
逆説的に証明してもいる

犯罪者を追うことで捜査員の心もぼろぼろになっていく
という不可避な構造 それに立ち向かっていく秀逸な
連作集だ
枝葉的なことだが 表題作は前回の直木賞に

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