東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/8/4

アラバマからの置き手紙  

昨年の秋 半ば奇跡的に来日が実現したドニー フリッツ&
ディーコイズの公演を収録したDVD+CDが 遂に発売された
これは価値ある記録だと思う

改めてその音楽を聞いてみると その温かく包み込むような
バンド アンサンブルが実に心地佳い 通常のロック編成と
何ら変わらないにもかかわらず その音は鋭角的にはならず
緩やかな線をどこまでも描き出していく
う〜ん まさにアラバマ スワンプ!

殆ど動きのないカメラ ワークに関しては 物足りないという
意見があるかもしれないが それはエンターテイメント的な
世界に馴れ過ぎた見方だと思う あくまで質実剛健な彼らの
音楽には むしろこのくらいの定点観測が釣り合っている
そう ぼくらは音楽を聞いているのであって 華美な娯楽を
求めているのではないのだ

来日時のフリッツについては その音楽のあらましから取材
まで 雑誌媒体で精一杯の記事を書いてきたが 今回の作品
のライナーノーツもvivid soundと麻田浩さんのご厚意で担当
させていただいた 学生時代から憧れだったトムスキャビン
の麻田さんと こうしてライナーで共演出来たことも嬉しい

それはともかく 何て柔らかくふくよかな南部音楽なんだろう
少し大袈裟に言えば 自分にとっての故郷(ホーム)のよう
な音楽だとも思う

こうしてフリッツたちの音楽を聞いていると 彼と関わって
きたさまざまな音楽家たちのことが 頭をよぎる
ダン ペン然り クリス クリストファーソン然り
トニー ジョー ホワイトもそうだし エディ ヒントンも
アーサー アレクサンダーもそうだ
そしてフリッツが追う視界の彼方には
レイ チャールズの姿が 確かな輪郭を伴いながら見えてくる

そういえばフリッツは こんなことを語ってくれた

「黒人と一緒に音楽をやるなんて 当時は無謀だと言われた
一体お前は何をやっているんだ? ってね でも私はアーサー
と一緒に南部のツアーに出た 旅先ではデビューしたばかりの
オーティス レディングから 彼のレコードを貰ったのさ!」

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2010/8/4

8月4日〜きみはまだ情熱的だろうか?  Rock N Roll

ニール・ヤングの振幅の激しさに関しては 気まぐれ
という見方もあるだろうが アコースティックの温もり
も 激情のエレクトリック・ギターも 彼としてはその
日その時の心の声に従ったまでではないだろうか

そんなニールが若い世代から”グランジの父”として敬愛
されるようになったのは 90年の『傷だらけの栄光』
から ソニック・ユースとのツアーを敢行した際のラ
イヴ『ウェルド』(91年)に至る狂おしいまでの
轟音ロックによってのことだった

また『ウェルド』ツアーの副産物とでも言うべき
ノイズ・エキスペリエンス『アーク』も ルー
・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』を思い
起こさせる大傑作だった
(こんなもんは音楽じゃないなんていう奴は殺菌され
たような音に耳が摩耗してしまったからだ)

湾岸戦争の時にはボブ・ディランの「風に吹かれて」を
9・11の時にはジョン・レノンの「イマジン」を歌った
ニール その切迫した表情からは 一人の男の無垢な
感情の流れが 何物にも代え難い柔らかい魂のありかが
くっきりと立ち上がってくるのである

小尾 隆

(ニール・ヤングの肖像:『レコード・コレクターズ』
2010年3月号より 一部改訂して抜粋)

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blue sky

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my wife


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are you passionate?

Mr. Disappointment by Neil Young

where did all the fellings go?
what about that happy grow?
was that so long ago
when we first in love?

i didnt feel the change
everything was still the same
and when that moments came
i didnt know

i miss the feeling
i miss the light
but i got faith in something
ill never give up the fight

why its so heavy
this time of love?
i lost the feeling
i lost the time

id like to shake your hand, Disappointment
looks like you win again but this time might be last




2010/8/3

8月3日   Rock N Roll

心から敬愛してやまない さる音楽家が新しいベストアルバム
を9月にリリースする
そのためのライナーノーツを書き始めたところだ
光栄なことに ぼくは彼から指名を受けたのだった

名前を呼ばれれば たとえいささかの不安があったとしても
バッターは打席に立たなければならない
球をしっかりと見定めて バットを振り切らなければいけない
それはホームランになるのだろうか
それともファウル フライで捕球されてしまうのだろうか
いずれにしても途中退場はあり得ない

度重なる選曲の変更に ヴァージョンの選択
そしてパッケージ デザインへの目配り
レコーディング アーティストとしての彼のポテンシャルの
高さを思えば当然の帰結なのかもしれないが
音楽家が自らを律していくとは こういうことなのである

ヒットを打ちたいと思っている
砂漠の底から沸き上がってくる水脈を探しながら
枯れてしまった言葉たちに 雨を注ぎながら

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2010/8/3

John Cameron Fogerty  

今日は来日記念という訳でもないんですが
ジョン キャメロン フォガティの7'sを少しばかり
紹介しましょう

大地の匂い 逞しいヴォイス 南部音楽のミクスチュア
まさにアメリカンの息子というに相応しい
クリーデンスの昔からずっと 私の偶像であり続けています

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75年のセカンド ソロからのシングル カット
今やロック アンセムの標準となった感もある デイヴ 
エドモンズも録音を残した B面はフランキー フォード
のニューオーリンズR&B「シー クルーズ」
こちらはグレン フライがフッド=ホーキンズのリズム
隊で吹き込んでもいる

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84年の『センターフィールド』からの粘り腰のブルージー
なロック カップリングされた「Big Train From Memphis」
も人気が高い佳曲で さながらキャメロンの南部への挨拶
といった風情がある

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スリーヴの裏写真も ファンには嬉しいものだった

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やはり84年のアルバムからのシングル カット
アッパーなメロディは悪くないのだが チープな演奏がやや
残念 シモンズなんて使うな

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裏面は永遠のベースボール讃歌 ディマジオ選手の名前も
歌い込まれた なおここまで紹介した6曲はキャメロン
が一人で多重録音をしたものだった 
だから シモンズなんて使ってくれるなって(笑)

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86年の『ゾンビ』アルバムからのシングル「Changing
The Weather」
ジョン ロビンソン(Ds)などのしっかりした演奏が加わり
キャメロンは宅録趣味から解放されることになった
ボビー キングやテリー エヴァンズなどライ クーダーの
コーラス隊も加わり ゴスペル風味を醸し出す

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B面はロッキン シドニーの「My Toot,Toot」で
アルバム未収録
当時チトリン サーキットを賑わせていた「Toot」旋風の
余波はこんなところまで押し寄せていたのだ
確かオーギー マイヤーズも録音したと記憶する(シングル
盤が見つかりません)
なお”Toot”現象に関しては エル テッチさんのlog
http://fanblogs.jp/eltetti1/
を参照にしてみてください

版権問題が揉めて 一時はクリーデンス時代の自作曲
を演奏出来ないという苦渋を舐めたキャメロンですが
その裁判もクリアになり いいバンド仲間にも恵まれ
盗まれたギターも戻ってきたと伝え聞きます

09年の最新作はむろん素晴らしい出来映え
私の昨年のベスト アルバムでした

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2010/8/1

walk on 〜ベン・キースのために  Rock N Roll

たとえ夏の日曜日で 昼にビールを飲んだとしても
たとえ笑点を見終えて 夕食を食べ始めたとしても
今の私は それからウォーキングをしなければならない

それも苦痛ではなくなってきた
90分きっかりと歩く
夜風が肌に気持ちいい

本日の記録は 13,838歩

私はもっといい書き手になりたい
私はもっといい聞き手になりたい

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一応 形から入ろうと思いまして^0^

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”ロックな” お嬢さんと
オビンの腰回りの変化にも注目を(笑)

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ヘンドリクス『Bold As Love』のように
聴衆に追われたシンニード・オコナーのように



佐野元春が尊いのは 本当のことをいつも歌っているから

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森絵都『永遠の出口』を読み メールを送ってきた小林と

http://bookjapan.jp/search/review/200809/obi_takashi_01/review.html

2010/8/1

Wes McGeeの音楽は素晴らしい!  

フタミくん

昨日はお疲れ様でした
自分が初めてした取材がデイヴだったので 今もよく
覚えていますが 彼にルイジアナスワンプのコンピを
プレゼントしたことは 正直忘れていました(こんな
ウブな時代があったんだ〜自分が忘れ他人が覚えている
自分〜)レジー レスターの件とともに ありがとう
ございます Wesのライヴはロンドンで見ましたが
名曲「Neon And Dust」をお客さんとハモったりと
めちゃ感動しました

エルテッチさん

Wesへの反応、嬉しいです 「Mezcal Road」は作者で
あるジョー キング カラスコのヴァージョンも良いで
すが Wes版も非常に素晴らしいですね
彼がオースティン一派(フレッド カークからキミー
ローズそしてポンティ ボーン、アルヴィン クロウまで)
と演奏したライヴ盤がとくに私は好きです
Wesやブッチ ハンコック、ジョー エリー(クラッシュ
と英国ツアーを敢行した)らがいなければ 現在のオース
ティンの活況もなかったかもしれません

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ウェスのアルバム群
英国人ながら本気でテキサス音楽に取り組んでいったその
姿勢は やがて英パブ シーンにも支持され 地下水脈で
大きな原動力となっていった バラム アリゲイターズが
お好きなら ぜひ!

2010/8/1

ありがとうございます!  

エルテッチさん
こんにちは 早速のレスありがとうございます

レジー レスターでしたか 参考にさせていただきます
他の人がカヴァーしている可能性もありますが
90年代の英aceのコンピレーションとなれば
リサーチの精度も確実に上がっているはずですものね

さっきからこのクソ暑いなかルイジアナのコーナーをチェック
するも 「Im A Lover, Not Fighter」を収録したLPを
未だ見つけることが出来ないでいます
そして恥ずかしいことに
私はキンクスが演奏していたことも忘れていました

デイヴがキンクスのヴァージョンで馴染んで
レジー レスターに辿り着いた可能性は高いでしょうね
ちなみに手持ちのレスター盤(ミラー集のvol.16)にも
同曲は収録されていませんでした(涙)

フタミくんも ここら辺の音楽に詳しいので
追加情報を待ちましょう(笑)

ありがとうございました!
ジョニー アランの「Im a Lover, Not Fighter」も
かなりいい味です^ー^

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LP時代の『Excello Story』とジェイ ミラーの仕事を網羅
した英fryrightの大河シリーズその第一集 発売は72年と
76年
ニューオーリンズ音楽の研究者であるジョン ブローベンが
前者を編纂しライナーを寄せた






2010/8/1

ハースのこと  

残念ながら先日のツアー終了を祝したパーティには行け
なかった(そもそも私は業界っぽい集まりが苦手だし
それをフカすようなクソガキも多し)けれども
ハースに初対面したのは99年の春
嬉しかったというか まさか会えるなんて思っていなかった

写真はその時のメモリアル

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75年のファーストと77年のセカンド アルバムはどちらも
甲乙付け難い出来 ただプロデューサーが違うと位相はこん
なにも違うんだと驚かされた記憶が残っている

1枚めはロビー ロバートソンが 2枚めはジョン サイモン
が この一筋縄ではいかないような男の
音楽を形にして示した

ドラマーの選択もファーストはラス カンケルで統一
対してセカンドでは ケルトナー、ゲリン、ガッドと使い
分けた こんなところにも肌合いの違いは くっきりと

ただしガッドの詰め込むようなドラミングに評価はくっきりと
分かれた ガッドは当時まさに売り出し中の 旬のタイコ叩き
だったが 小原礼がガッドの叩きを「上手過ぎて好きではな
い」
と発言していたことが やがて自分の審美眼とも重なっていく

ハースに戻って セカンドの表題曲をもしケルトナーではなく
ガッドが叩いていたら ニュアンスは全然違うものになってし
まっただろう(そこはジョン サイモン、きちんと解ってる)

小原はのちにリッキー ファターのしなるようなバックビート
と同期していく”ロックな人”なので 小原のガッドに
対する違和感がぼくにはすごくよくわかる(ような気がする)
ついでに言えば ハーヴィー メイソンも苦手なドラマーの
一人なんだなあ 確かに彼らはステディなビートを送り込んで
いくんだけど その先にあるsomething else がないんだ
よなあ〜

正体不明と言われたハースも 今ではチカーノであることも
判明して その音楽がますます謎を呼ぶような感じになった
(彼はブラジル音楽に多くを負っている)

余談めくが 最後にハース三題を(笑)

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失礼しました^ー^

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2010/8/1

8月1日〜暑い日はルイジアナの音楽で  

明日からまた原稿に取り組みますが
今日は日曜なので休むことにして 
ルイジアナのスワンプ・ポップを楽しんでいます
田舎っぽい粗目と哀愁が溶け合っている素晴らしい音楽です
とくに三連符のバラードは いいなあ

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時計回りにクッキー&カップケイクス、ウォーレン 
ストーム、ジョニー アランそしてデイヴ アラン
このジャンルも掘っていくと深いものがあります

ボビー チャールズと同級生だったというストームは
50〜60年代の吹き込みがまず良いのですが
80年のこのアルバムでは 今をときめくサニー ラン
ドレスが ギターやドブロで参加していることにも
注目したいです

ガルフ コースト音楽に乾杯!

で 今聞いていて思いだしたのですが ストームの盤に
収録された「im a lover,not fighter」は 愛するデイヴ
エドモンズが71年のファースト ソロ『Rockpile』(
この表題を彼は後年グループ名にしたのだ)でカヴァー
していたのです オリジナル ヒットは誰によるものか
はまだ調べていない(情報求む!) ストーム盤での作者は
スワンプポップの大物プロデューサーであるジェイ ミラー
になっているのに対し エドモンズ盤を見るとcollierと記載
されています 

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小さくて解りにくいと思いますが
デイヴが誰の「Im a Lover,Not Fighter」を参考にカヴァー
したのか気になります
ちなみに彼はロックパイルでも ロッキン シドニーの
「fine,fine,fine」を取り上げてスワンプポップへの理解と
敬愛を示しました ジョニー アランがニック ロウの
「I Knew The Bride」(偶然にも昨日のDJで同曲をデイヴ
のヴァージョンで回した〜笑)を取り上げたことと併せて
英国パブ ロックとルイジアナ音楽の親和性を物語るエピ
ソードです アランはブリンズリーズ「juju man」も
歌ったほどでした

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ニール ヤングからウィリー ディクソン、スマイリー
ルイスにディランそしてロン ディヴィスと雑多なカヴァ
ー曲で構成された エドモンズ71年のファースト
録音はむろんデイヴやワード兄弟が根城にしていたウェー
ルズのロックフィールド スタジオ
そしてチャック ベリーを2曲取り上げたことが 
何よりもデイヴの音楽がどこから来たのかを 
指し示している

2010/8/1

高円寺のDJ会、楽しかったです  Rock N Roll

まずは私のプレイリストを

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Spencer Davis Group/ Gimme Some Lovin

King Curtis/Memphis Soul Stew

Elvis Presley/ I Got Stung

Dave Edmunds/I Knew The Bride

The Who / Summertime Blues

The Who/ My Generation

Stray Cats/Runnaway Boys

Creation/Spinning Toe-Hold

Paul McCartney & Wings/ Silly Love Song

Roogalater/Love And The Single Girl

Wes McGhee/Mezcal Road

Sir Douglas Quintet/ Nitty Gritty

Carole King/Sweet Seasons

The Marvelettes/海のなかには魚たちがいっぱい

Van Morrison/Did Ye Get Healed?

Jesse Winchester/Let Go

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いやあ 先週のバードに続いて楽しかったです^0^

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まずは隅田監督と

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こんな感じでいつもやっています

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S氏はブルーズ中心のいい選曲でした

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Y氏自慢のシングル 欲しいなあ〜

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彼が着ているTシャツにピンと来た人は
相当のパブ ロック フリークどす(笑)

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ビールと枝豆と音楽と これがなくっちゃね

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お嬢さんとMC5
ジョー バターンからキッスまで ナイスな選曲でした!

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だんだん盛り上がってきました

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ダグ サームとS氏です

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F氏は広報担当者? ^0^

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ぼくも昔 必死で探したロックパイルの7's
懐かしいっす
時計回りに デイヴ エドモンズ、テリー ウィリアムス
ビリー ブレムナーそしてニック ロウ
いい四人組でした

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ぼくはシングル盤中心に
「Gimme Some Lovin'」から

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8月14日には 大井町グルパラで
奥山さんと一緒にエイモス ギャレットを語り尽くしますので
こちらも よろしくお願いします

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みなさん、お疲れ様でした! またね!^ー^

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アルバムごとにどんどん良くなっていったジェシの81年作
故ウィリー ミチェルが制作を手掛け むろん録音はメン
フィスのロイヤル スタジオが選ばれた
ミディアムで運ばれてくる甘酸っぱい風のような音楽がここに

2010/8/1

中村まり、佐野元春そして東京ローカル・ホンクのために  Rock N Roll

いつかの機会に批評者としての自身を語ってみたかった 
自問自答という変則的な形になってしまい申し訳ないが 
なるべく正直に語ってみた 音楽についての文章を書い
てから ぼくは今年でちょうど20年めになる(小尾)

*     *     *

ー文章を書いてみたいと思ったきっかけを教えてください

小尾「漠然と読むことは好きだったし 書ければいいなと
は高校生の頃から思っていました 一番の衝撃だったのは
当時(75年)『ニューミュージック マガジン』で訳出
されたポール ウィリアムスの論考でした ちょうどディ
ランが『血の轍』をリリースした時のことが書いてあって
高校生なりに世界が一気に広がっていくのを感じました」

ーいきなりウィリアムスに出会ってしまった

小尾「むろんまだこっちは17歳の子供ですから そんなこ
とはわかるはずもない ただ ディランに関することを書
いていながら いつの間にかディランではなく ウィリア
ムスの視線を追いかけている自分に気がついたんです そ
うした体験はいままでほとんどしたことがなかったので
驚きました それから古本屋さんで彼の『アウトロー ブ
ルース』や『ニューヨーク ブルース』を探し出してきて
夢中になって読みました」

ーウィリアムスは自分を持った個人的なクリティックスで
すね

小尾「このまえも写真家の渡辺真也さんと話したんだけど
ウィリアムスって子供っぽいというか 散文的で感想文的
な人なんです ”街を歩いていたらザ バーズがアパートメ
ントから聞こえてきた” みたいな(笑) でもそういう
個的な体験の集積としての批評が 彼のなかの一番柔らか
い部分にあるということを ぼくはあとから知る 彼の
文体 彼の目線 ぼくはだんだんウィリアムスのことが好
きになっていきました」

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ー彼のような”個的”な評論というか論考があまり育っていな
いと思います

小尾「言葉が全然音楽に追いついていないと感じることは
多々あります 例えばザ バンドの音楽について語るなら 
相応しい時間軸を獲得しなければいけない クーラーの利
いた部屋で右チャンネルのローリー オルガンがどうだこう
だという以前に炎天下の日溜まりでぼくはザ バンドを聞き
たい そういうことかな」

ー当時『マガジン』での訳出といえば グリール マーカス
の『ミステリー トレイン』に話題が集まっていたと思うの
ですが マーカスについては?

小尾「マーカスは近年も『ライク ア ローリング ストー
ン』で素晴らしい まさに賞賛に値する仕事をしました あれ
を読んでしまうと ぼくらの仕事って何? と思わずにはいら
れません たぶん最高峰のディラン研究であり 最高水準の
ロック批評でしょう あの懐かしい『ミステリー トレイン』
、、、もちろんぼくも読みました  それでもぼくは何となく
ウィリアムスの”個的”な肌合いのほうにより惹かれた、、、
それは結局ロック音楽を文明史として位置取りするのか
それとももっと”個的”なパースペクティヴで感じていくか
の違いだと今ならはっきり言えます ぼくはウィリアムスの
文章が好きでした」

ー音楽評論家は総じて知識自慢になりがちですね

小尾「最も陥りやすい罠 一番楽な場所 そうした
意味では ぼくは記名原稿の意味というものを考えていき
たいです」

ー文章の技術をとくに習ったということは?

小尾「何もないです 完全な自己流ですね ジャーナリスト
養成講座に通ったこともないし 音楽ライター養成セミナー
に行きたいと思ったことも一切ない ただ 天辰保文さんや
山本智志さんの文章がぼくは好きだったんですね 彼らにも
ウィリアムスと同じ匂いが宿っていた その匂いに向かって
ぼくは走っていった それだけなんです」

ー文章の習熟と切迫感は諸刃の剣という側面があります

小尾「エルヴィス コステロの音楽の変遷と同じではないで
しょうか? 文章というものは書けば書くほど基本的には
成熟していく 語彙も豊富になる でも確実に若い頃の鋭さ
は失われていきます すべての人がそれから逃れることが
出来ない この改行で落としどころを付けようという自分が
います でもその反面ずいぶん遠い場所に来てしまった自分
も感じてしまいます」

ー小尾さんの場合どうだろう ちょっと変な言い方になって
しまいますが 怖いもの知らずみたいな部分が資質としてある

小尾「自分では意識していませんが 人がそう感じるのであれ
ば それもぼくなんでしょうね 文章家で加えれば
苦しい時に”お前はそれでいいんだよ”と言ってくれる
のが 鈴木博文さんの『九番目の夢』なんです」

ー一人称で「ぼくはこう思った こう感じた」と反映させ
ることが出来る彼らは とても素敵ですね

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小尾「いつしか個人的に獲得した時間 記憶とは何? って
いう思いが増していきました 個的な体験の集積が広がりを
持つ そんなことを小川洋子さんが 差し出してくれました
『博士が愛した数式』を読んで いっぺんに小川さんの像を
掴みたいと思いました 世界には秩序というものが歴然とし
てある ぼくらはそこに耳を傾ける 自分が物語を作るので
はなくって そこにあったものが 自分に物語を語りかけて
くる そんなことをぼくは彼女によって気が付かされたんで
す」http://diamond.jp/articles/-/5359

ーそういえば一時期から かなり小説を読みはじめましたね

小尾「音楽に関する言葉があまりに貧しかったから回り道
してもいいから ぼくは自分ではなくて他者の”物語”に触れ
たくなったのだと思います ”自分”なんていくら探しても
きっと出て来ない きっと世界中を旅しても出て来ないと
思うんです そのぶん ぼくは他者の言霊(ことだま)を
聞いてみたいと」

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ー以前から言葉の意味性みたいなものに執着するのは危険
だ、みたいなことをおっしゃっていたのが印象深かったの
ですが

小尾「この歌はどういう意味? どんな暗喩が込められて
いるの? という風に問いつめていくと 音楽全体の輪郭
がかえって見えなくなってしまうということです 音楽は
説明じゃないんだから 重要なのは意味とかメッセージで
はなく 演奏者たちと一緒に音楽という名の列車に乗って
いるんだという感覚だと思うんです 面白いのは演奏者も
聞き手もその汽車が自分をどこに運んでいくのか解ってい
ないということです それがエクスペリエンスということ
かもしれません」

ー”お前を一生愛するよ”とか”愛がすべてさ”といった
常套句で固まった音楽は 長く続かない 色あせる
この本はどういう内容なの? とかいう問いつめも
嫌なものです

小尾「結論しか言わないような音楽は退屈ですね 例えば
東京ローカル ホンクに『冬のお嬢さん』という歌があるん
ですが 字面だけ追っていくと お嬢さんお嬢さん メロン
パンメロンパン〜とまあ意味がない歌なの(笑)でも何回か
聞いていくと こっち(聞き手)の手前にその女の子なり
果物の情景がふと立ち現れてくる いわば造形されてくると
いうことなんですが 呼びかける男のほうが”茶柱が立った
よ”と喜ぶ表情なんかも 突然生き生きと立ち上がってくる
んです これが音楽や歌の面白さではないでしょうか?
逆にこういう歌をくだらない、と切り捨ててしまう人と
ぼくは音楽の話は出来ない したくない」  

ー楽しいという言葉を使わずに楽しさを表現する 悲しい
というフレーズは寝かせておいて 気配で悲しさを探って
いく そんな意識とも共通しますね

小尾「おっしゃる通りです 近所のおじいちゃんがある日
死んで 線香の匂いがその家から漂ってくる 見ず知らず
でろくに会話を交わしたわけでもない老人ですけど 何と
なくこっちも悲しいという気持ちになる よほどの嫌われ
者でない限り(笑) 何で悲しいのかはぼくにも解りませ
ん ただ昨日までそこにいた人が今日はもういない もう
何も話さないという圧倒的な事実に打ちのめされるんです
サウダージ(郷愁)という感覚はそういうものじゃないか
な その悲しさを音でスケッチしていくのが音楽の役割だ
と思います」

ーそうした意味で言葉が重過ぎるフォーク ソングを小尾
さんが苦手だと感じるのは 何となくわかるんです

小尾「ディランが凄いのはメタファーを多用することでイ
メージを広げ 奥行きを与えたことです 『激しい雨が
降る』をキューバ危機の歌だと言ってしまうと もうそ
こで歌が止まってしまう 動詞として機能していかなく
なってしまう さっきの歌の耐久性の話とも共通します
ああ ぼく そういえば『俺はこんなに悲しい 寂しい』
っていう種類の歌は好きになれません」

ーディランの『ハッティ キャロルの寂しい死』にしても
その実際の人物を探し出したりするのは ちょっと感覚と
して野暮というか やり過ぎだと思う

小尾「そうですね ディランに『ユダ!』と罵声を浴びせ
た人物を取材するとか ほとんど意味がないことと同じです
ぼくたちのなかの暗い情感の一部が彼だったかもしれない
のに またそれでディランの英雄伝説を補強するというの
も 少なくともぼくの音楽の聞き方とは違いますね」

ー物語の迷宮にそっと入っていこうという意識では書物も
音楽も同じだ、という小尾さんの感覚を今日はすっきりと
見渡せました

小尾「迷い込む 結論を求めない 流れに身を任せながら
音楽と一緒に旅をしてゆく グレイトフル デッドもまさに
そういう音楽ですね ぼく自身若い頃は音楽というかロック
に意味ばかりを求めていました それが若さだったのかもし
れないけれど、、、 JDサリンジャーの『フラニーとゾーイ』
の最後に出て来る”太っちょのおばさん”というメタファーが
あります  ゾーイが妹のフラニーに語りかける場面です
ぼくにはそれがずっと引っ掛かっている いわばそれは日常
のなかに自身を取り戻していく作業だと思うのですが ぼく
は苦しいとき ゾーイの語りかけをいつも思い起こします」 

ー日常のなかに戻っていく そうしたいわば『フォー エヴ
リマン』的な側面と 『きみを連れてゆく』のような世界へ
と船出していく感覚 音楽はその両軸ですね

小尾「船を出して行くワクワク感もいいし 港から上がって
焼酎を飲みながらテーブルを囲んでいるのもいいなあとしみ
じみ思います 後者は若い頃はよく解らない感覚でしたけど」

ーもう少し会話の飛躍を楽しみましょうか(笑) テーブル
というのは家族の象徴でもあります

小尾「ぼくは昨年 父を亡くしました 治療がまずかった
医師の判断が間違っていたとかいろいろ言い当てることは
出来るのですが やはりいくら明晰な医学の世界でも『絶対』 
はないということが まずひとつ もうひとつはやはり
喪失感です 戦中派の父とは若い頃激しくやりあった時期も
あったけれど それは結局日本が世界がどういう時代だった
のかというところに辿り着いていきます そういう意味では
戦争はまだ終わっていないんだなと テーブルは確かに家族
のイメージですね 食卓を囲むというイメージ 記憶のなか
の温かい場所にそれがあります 昨日までその席に座ってい
た彼がもういない という歴然たる事実はきつかった」

ー一番イヤだなあと思うことは?

小尾「ぼくがどうしても許せないのはシニシズム(冷笑主義)
なんですね 傍観主義と言い換えてもいいのですが それだ
けは昔から嫌でした あとは言葉のための言葉とか 批評の
ための批評とか 何故そういう風に自分が感じるのかという
と、、、これは後付けになってしまうかもしれませんが
ぼくやぼくの世代は 音楽が明るかった時代のことを忘れら
れないんです もう少し正確に言うと 明るい響きを志して
いた音楽のことが忘れられない シニシズムという価値観と
向き合えないのは きっとそういうことだと思っています」

ーコレクションとして いつも頭にある曲は?

小尾「無邪気なロックンロールを代表してキングズメンの
なかなか終わらない『ルイ ルイ』、旅の途上での友たち
との語らいとしてグレイトフル デッドの『ジャック スト
ロウ』そして青年期の終わりを描き切ったという意味
ではビーチ ボーイズの『キャロライン ノー』です」

ー最後の質問です 佐野元春、 東京ローカル ホンクそして
中村まりについて

小尾「まず佐野さんですが90年代の彼は孤軍奮闘していた
ものすごく中傷や誤解も受けていて ぼくはその土地が
荒れ果てているなと感じていました ぼくはどうしても
佐野さんを励ましたかった もうこれだけはという切迫した
感情の流れでした ”ぼくはあなたの音楽の味方です” と 
でもそのことを
別の言葉や文章で伝えるのが音楽評論家の仕事です 無心で
初期についても書いてみた 彼の最近もゼロの心持ち
で聞きながら言葉を連ねてみました ですから結果的に
佐野さんから”ぼくの音楽を言葉にしてくれてありがとう”と
直接言われた時は最高の体験でした ロジックとエモーション
とが溶け合っている人ですね 彼が出す音がロジック
に絡め取られていないというのも感動的なことだとぼくは
思っています
東京ローカル ホンクは 彼らの正直さとか素直さに惹かれ
ます 彼らは謙遜して”ぼくらこういう音しか出せないんです” 
って言うんです でもぼくは思う ”きみたちはこういう音を
出せるじゃないか!”って いつも彼らに言っているんです
がサウンドスケープというか音の像が 限りなく柔らかいの
も素敵だなあ
中村まりはぼくのほうからアプローチしていきました 拙書
『Songs』を挨拶代わりに渡して(笑)ある意味 女性の
ソングライターって 一番制作側にいじられやすい
業界の思惑とか 女性雑誌的なスタンスとか(苦笑) でも
中村さんの歌は それらとは別の地平にすくっと育っていま
した 彼女には育っていく樹木みたいな匂いを感じています」

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90年代前半のポートレイト 伊豆にて

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2010年の冬 終演後の中村まりと 下北沢leteにて

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2010年の春 東京ローカル ホンクの木下弦二と
大井町 グルーヴァーズ パラダイスにて



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