東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/20

11月19日  

フリーになってから 特徴的なのは
打ち合わせや 電話がない限り
昼間 誰とも会話しないことである

私のように沈黙を愛する人間にとっては
まさに理想的な環境である
本日も さし迫った原稿がなかったので
午前中は 中島京子「冠婚葬祭」を読了
昼過ぎは 音楽を聞いていた

本日も あったのは
編集者からの 1本の電話と
別の編集者からの 一通のメールのみ

以前は興味半分にテレビのワイドショウも
何となく見ていたのだが
あれは要するに
他人の不幸を対岸的に眺めているような
後味の悪さばかりが残るし
コメンテイターも好き勝手なことを
言っているだけなので 飽きてしまった

音楽ライターと一概にいっても タイプは様々だ
放送媒体が中心の方 レコード会社とのパイプが強い方
ひたすら雑誌の原稿をこなしていかれる方
翻訳を中心にされている方
特定の音楽家に専属する方  などなど

私の場合は これからは あまり喰えなくとも
自分の単行本を中心に のんびりとやっていくつもりだ
これは後から気が付いたことなのだが
私の得意分野(スワンプ ロックやパブ ロック)は
世間一般では まだまだ認知されないジャンルらしい
それを勘違いしたところに 私の悲劇がある(笑)

いずれにしても人生は 短い (Life Is Very Short)
来年私は50歳になり
世間で言う定年まで ちょうど10年というディケイドが始まる

”新しい音楽” は若いライター諸氏に任せて
マディやサニーボーイの足跡をじっくり追い求めても
罰は当たるまい

人生は探し求める旅である
もう ”平均律” は求めない
もう ”会話のための会話” には
さよならさ






















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