東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2006/11/5

サディスティック ミカエラ バンド  Rock N Roll

ミカ バンドについての原稿依頼が
先月に続いて「レココレ」から
しかも小原礼のことについて書いてほしい、との
ありがたく 光栄な申し出だった

小原が凱旋ソロ公演を果たした時の中野サンプラザに
僕はいた あれは90年くらいのことだった
スライの「一緒にいたいのなら」やウーマック(
正確にヴァレンチノズ)の「イッツ オールオーヴァー
ナウ」を演奏した小原の姿は
僕のなかで未だに鮮やかだ

中学3年の時に出たミカ バンドのファースト アルバム(73年)を
森直也さんがDJをする「オットー ミュージック シャウト」で
聴いた時のことが忘れられない

曲は「恋のミルキーウェイ」
頭の拍子が取れなかったから 上物のメロディばかりを
僕は覚えた
エアチェックしたテープを繰り返し聞いて
僕はリズムの面白さに目覚めた
僕はこの曲とポール サイモン「母と子の絆」で
世の中に レゲエという音楽があることを
初めて知った
所沢の曇空に突然カラフルな色彩が舞い降りてきたような気がした

それで精一杯だったような気がする
ヴォーカルを取っていたのが
小原礼だったということに気が付くまでには
もっと長い時間を要した

今年 僕は48歳になった
何も変わっていないような気持ちになるときもあれば
何もかも変わってしまったような感情に襲われるときもある
そのバンドは新しい船出を いささかの気まぐれとともに始めた

新しい とびきり快活なヴォーカリストとともに












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2006/11/29  15:56

 

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