東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/5/28

アリスのレストランにはなんでもあるのさ  Rock N Roll

衛星で『アリスのレストラン』(69年)を観る
アーサーペン監督によるこの作品はやはりアメリカン
ニューシネマの代表的な作品だろう

主人公アーロ(ガスリー)はバイクに乗って気ままな
旅を楽しむ若者であり 徴兵を何とか逃れなが
ら 買い手が付かなくなった教会で仲間たちとコミュー
ン的な生活を始めたり その教会の近くに仲間の一人が
”アリスのレストラン”を開店させたりと まさに夢を
実現させたかのようなのだが 実際は些細な事から
仲間うちの(ドラッグを含めた)イザコザは絶えず
教会もレストランも崩壊していく というのが大まか
な展開だ

奇病で末期を病院で過ごすウディ ガスリー役の父と
アーロとのやり取りなど 実際に起こったことも含め
ながら アーサーペンは69年当時のヒッピーの夢と現実
を映し取っていく 登場人物のなかで最も繊細な人間
がヘロインに溺れていく過程や ゴミの不法投棄で
警察当局にやんわりと諭される部分など 大人の視点
からやや冷ややかにヒッピーの生態を描いている点も
見逃せない

映画の終盤 仲間の一人が「また やり直そうよ」と
呼びかけ かつての城で結婚披露宴をぶち上げるシー
ンがあるが 参加者はやがて一人一人 自分の日常に
戻っていくがためにパーティ会場から離れていく
その場面の何とも言えない虚しさに この映画の苦み
が凝縮されている

「アリスのレストランには何でもある/きみが望むす
べてがね/アリスのレストランに行こうよ/きみの家か
ら少しだけ歩いて」と歌われるアーロ ガスリーの
楽天的な主題歌が 映画の後半になるに従って 皮肉
めいた響きへと変わっていくのだ、、、

資本主義の概念が隅々まで人々の心を支配した今から
振り返ると 何とも稚拙に映るであろうカウンター
カルチャー時期の映画かもしれないが あの頃に
自分のロック観の一端がある私としては 今もなお
突き刺さってくるものは少なくない


「アリスのレストランにはすべてがあるのさ/そう、
きみが望むすべてがね」



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