東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/8/16

私が靖国に思うこと  Rock N Roll

むろん参拝するのではなく冷静に観察するために出向
きました 何事もそうだと思いますが 頭のなかだけ
で考えていることと 実際に触れて見聞きすることは
まったく異なる体験ですからね むろん想像力という
のはまた別の問題ですが 私も50になって半年まえに
は戦中派の最も身近な存在だった父を失い ならば日
本の良くも悪くも象徴である靖国に一度行ってみよう
と思ったのがきっかけです 何しろこれだけ問題にな
っている靖国ですから(苦笑)

靖国の歴史とか成り立ちとかはここにあらためて繰り
返しませんが 戦後日本の矛盾を集約しているという
意味でも好き嫌いを超えた場所だと思います 天皇と
いう神を背景に生まれて 軍人たちの英霊を奉るため
の神社が 終戦〜マッカーサーによる統治という過程
を経て 東京裁判があって 現天皇はもう参拝しない
したくないという結果がひとつの大きな矛盾としてあ
る そこに左派右派の思想家や運動家や 時の政治家
の思惑 そして勿論戦後の象徴としての天皇制という
問題が複雑に絡んでくる 今では靖国を参拝するかどうか 肯定するか否定するかが政治家にとって試金石
になってしまう状況もありますよね ただ そうした
騒々しさと別のところで 当事者である遺族にとって
は もっと切実なものだということは理解出来るんで


そこら辺を逆手に取って「戦没者を悼んで何が悪いん
だ」「お前には愛国心というものがないのか?」というのが残念ながら近年の主な流れになっています 実際
若い人が口にするのもそうした感情論だったりするの
ですが 戦没者を悼む施設なら他にいくらでもありま
すよ 靖国という明治天皇以来の歴史を背負っている
ということ 一定の宗教法人に政治が介入しているこ
と そこが一番問題視されなければいけないのに そ
ういう事実には何故か目を向けない 見ようとはしな
い それは体制側にとってはものすごく利用し甲斐が
あるんです

私個人としては 特定の権力者を奉るための施設とい
うものには未だ馴染めません  これはもはや自分
の皮膚感覚なり DNAに組み込まれているものなのですが 大きなものに与するものに 小さなもの 個人
というものの霊を守られたくないというのは私の基本
理念としてある 大きなものに小さなものが守られる
という発想は幻想に過ぎず 大きな力というか時の力
というのはむしろ個人を 小さいものを置き去りにして
いく 戦争とはそういうものだと思いますし 何よりも父から身をもって教えられてきたという気がしています




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