東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/7/16

7月16日〜ケベックの夜でもヴェガスの果てしない砂漠でも   

アルバイトが終わって空を見上げたら
沸き立つような入道雲がくっきりと
そこにあった

夏がやってきたんだなあ と実感する瞬間だ

次の書き仕事は まだ公には言えない段階なのですが
とある伝説的な裏方さんへのインタヴューです

音楽家だけが音楽を作っているのではない
それを支えるスタッフはむろんのこと
一番の優れた審判者は 聞き手だったりする

そんなことを本能的に理解している音楽家がぼくは好きだ
そして今夜も ぼくたちは音楽という名の汽車へと
乗り込んでいく

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グラム パーソンズ73年のファーストと74年の最終作
日々の営為のなかに歌を見出して行った彼の視界や行動に
今なお 胸が締め付けられる
最終作の賛辞には 夜更けの思いと美味しい料理を運んでくれ
た人々へ と記されている 


2010/7/15

夜の散歩をしないかい?  

昼に一度歩いて 夜にもう一度
夜はそこそこ”同志たち”がいるのが頼もしい
むろん町の表情も まったく異なる

そんななか 次の原稿依頼が携帯電話にかかってきた

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中野区 哲学堂あたり

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タクシーに乗る生活も 過去のものとなった

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ここ数年でもっとも心奪われた一枚が メイヴィスの07年作だった
ライのギターが 力強くしなる
このアルバムでも彼は 小さなものを愛することで
大きな視界を探し出していった

夜の散歩をしないかい?


2010/7/15

liry,rosemary and jack of hearts  

お祭りが終わって
男の子たちはみな秋の計画をする
キャバレーはし〜んとして
ただ壁を掘るドリルの音だけが鳴っている
外出禁止令は解かれ
ルーレットは止めになって
物わかりがいい人たちは みな町を去った
でも彼は一人 戸口に立っていた
そう まるでハートのジャックみたいに


2010/7/14

クレジオとレイノルズ  

各種の本についての紹介や批評が揃う日曜の新聞は
なるべく複数の各紙を集めたりしているのだが
先週の読売新聞では クレジオの『地上の見知らぬ少年』と
『悪魔祓い』そして サイモン レイノルズの『ポスト 
パンク ジェネレーション』が紹介されていて
思わず一気に目を通してしまいました

クレジオの言葉から

「言葉のなかに宿っていた樹木が 岩石が 水が 光のかけ
らが燃え上がって新たに光を放ち 澄み渡り ほとばしり
踊り回る」

言葉を 政治や経済の方便として使うのではない
言葉を 恣意やエクスキューズのために使うのでもない
ありていに言えば 計算されない言葉は
それだけで美しいのだ

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一方 レイノルズの『ポスト パンク ジェネレーション』は
音楽を運動として見なすという意味を
20世紀初頭のアヴァンギャルドにまで溯っていくながら見出


ぼく自身はパンク/ニューウェイヴそのものよりは
キャプテン ビーフハートが行ったブルーズの解体〜再構築
といったダダイズム的なものに より惹かれる

牛心隊長に関しては
「モハービ砂漠のハウリン ウルフ」という賛辞が
ぼくは好きだった

でもパンクの”運動”がなければ
彼も埋もれたままだった

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2010/7/13

one piano, one bass and one drums  



先日6/25の青山陽一&BM’s
@沼袋 organ jazz club

風通しのいいアンサンブル 素晴らしい!

トラフィックはこちら
リーボップのパーカッションもいい



いずれも”フォーマット”という悪癖からはなかなか発想出来ない演奏
だと思います


2010/7/13

one for one man dog  

one man dog, obi one blogは 音楽とその周辺について
考えていく個人的なページです

言うまでもなく
私自身が世間の動きとは別の場所にいますので
”情報”や”流行”を求めたり
先物買い的に音楽を”消費”するだけの人たちには
きっと 何のお役にも立てないでしょう

ただ ひとつの音楽から見渡すことが出来る遥かな光景
これだけは
何度でも いつでも追いかけていきます

things we said today

小尾 隆

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「『ビッグ ピンク』のテープを聞いたとき その素晴らし
さに私はその場で立ち尽くしてしまった これで自分たちが
抱えていた問題もはっきり見えてきた ザ バンドを自分たち
と比べるのは無意味で馬鹿げたことだったが 血眼になって
基準となるものを探していたときに 私の目のまえにそれが
あったのだ」 エリック・クラプトン

ディラン『ベースメント テープス』のアセテート盤が英国の
音楽出版社に相当数流布されたのは 有名な話だ
マクギネス フリントが「ロー アンド ビホールド」を
フェアポートが「100万ドル騒ぎ」を取り上げていった
そう まるで物語歌の写し絵のように

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遥かに、ポール・ウィリアムスのために


2010/7/12

7月12日 曇りと雨  

ロック音楽家の自伝といえば 大半が放蕩三昧とツアー珍道中
そしてアルコールやドラッグ摂取の弊害と克服に関してだ

図書館から借りてパラパラと読んでいるエリック クラプトン
の自伝もまた そうした内容が赤裸々に書かれている

多かれ少なかれ 名声の代償とはそういうものであり
そのゲームを飼いならすことが出来た人もいた
残念ながら 死の淵へと落ちていった人もいた
そしてエリックは その淵を幾度となく彷徨いながらも
この世界へと戻ってきた

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むろん音楽的な話も随所に盛り込まれている
エリックがロニー レインの音楽に憧れていたこと
クリームがバディ ガイを念頭に置いて結成されたこと
ぼくが一番嬉しかったのは あの懐かしいブルーズブレイカ
ーズ時代の話でした

「私はブリッジ側のピックアップを使い 音が太くなりディス
トーションがかかる寸前になるように ピックアップのトーン
を全部絞っていた それにいつもオーバーロードしているアン
プを使った アンプとギターのヴォリュームをいっぱいまで
上げると すべてがフルヴォリュームの状態になり オーバー
ロードしてディストーションがかかる  一音弾いて それを
伸ばし 指でヴィブラートをかけると 音が持続する そして
そのディストーションがかった音は フィードバックに変化し
ていった 私のサウンドと呼ばれるものを作り出していたのは
こういったすべての要素とディストーションだった」
(中江昌彦 訳)

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66年に発表された”ビーノ”アルバムは ブルーズロック
の夜明けを告げる先駆的な作品となった 畳み掛けるような
エリックのスクイーズ ギターが随所で火を噴く樣が圧巻!
一方「ランブリン オン マイ マインド」ではヴォーカル
を取るなど のちの姿を予見させてもいる



言わずと知れたラッシュのコブラ録音を大胆に再解釈
EC本人が言うところの”ディストーション” サウンド
の好例であり そのフレーズは淀むことなく流れていく
アルバムの冒頭がこの一撃だった リズム面ではハバ
ネーラからの影響も

2010/7/11

Squeezebox Night Vol.4  

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来週土曜のオススメ イベントです
アメリカ南部のアコーディオン ダンス ミュージックを
キーワードとするザディコ/ケイジャンやテックス メックス音楽の
祭典!
http://crawfish.jp/

出演はザディコキックス、コンフントJ、クレイジーシミズ
&ハリケーンズ2010です
(翌日にはコンフントJの単独公演も大井町のグルーヴァーズ
パラダイスにてあります)
http://d.hatena.ne.jp/meiteizz/

よろしかったら ぜひ!

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時計回りに CJ シェニエ (リー ペリーではない)アプセターズ
皆知ってるリー ドーシー そしてウェイン トゥープス

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写真は今年5月のザディコキックス 江古田倶楽部にて

2010/7/10

7月10日  

ここ数日で面白かった雑誌をふたつ

まず『考える人』夏号(新潮社)は 2泊3日のロケーション
で行われた村上春樹の徹底インタビューが素晴らしい
聞き手である松家仁之との呼吸感も見事だ
むろんこれは大作『1Q84』の(今のところ)計3巻すべて
を読み終えた人々のためのサブ テキストであり ささやかな
プレゼントでもあるだろう
そして ぼくもその末席にいる読者のひとりである

一人称による”僕”でスタートした一人の若手作家が
いつしか三人称の物語へと羽根を伸ばし 大きな世界を獲得し
ていく その過程も転機も決意も すべてが淀むことなく
語られてゆく そのことがぼくは一番嬉しかった

『神の子どもたちはみな踊る』(00年)辺りが変革だった
と作者は語っている
ぼくは その書を読み直しているところだ

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95年2月の地震を 他の土地 違う場所から見つめるという
”遠近法”が功を奏した短編連作集 本人も語っているが
三人称を用いたこの一振りが 村上を21世紀へと導き出してゆく


変わって『rollingstone』日本版8月号(ILM)では
デヴィッド ゲイツによる”Making Exile" に注目
むろんローリング ストーンズ72年のアルバム制作時のルポ
ルタージュであり 少しまえにb_wさんがこのlogで教えて
くれた「ダイスを転がせ」での”ツイン ドラムス”の件も
担当エンジニアだったアンディ ジョンズの証言をもとに
しっかりと書かれている
南フランスでのレイジーな録音セッションの様子も盛り込まれ
読み応えたっぷりだ

なおアーカイヴとしてストーンズ72年夏の北米ツアーを取材
したロバート グリーンフィールドの記事も所収
こちらはツアー珍道中といったところ(笑)だが
今となっては貴重なもの

いずれも 23日にDJをご一緒させていただく新井さんの訳出で

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2010/7/8

サーカスのように  

ライ クーダーはアルバム『アイ、フラッドヘッド』
(08年)のなかで こんなことを言っている


サーカスの歌を入れることは重要だ サーカスが
人生そのものだっていう見方には 多くの人々が
うなずくからね ぼくの人生もまさにそうさ!

人種の違いはあっても人は結びつくことや 心に
来るホンキー トンクのバラッドも このアルバム
に込めたつもりさ

また スポークン ワーズには手を出すな! とい
う意見もあったが ぼくはそうは思わない
ウォルター ブレナンのスポークン ワーズは
素晴らしかった、、、

そしてぼくは偉大なスティール ギター奏者たちに
このアルバムを捧げたかった

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2010/7/7

オーギー、アゲイン  



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エル テッチさん、とりあえずLPに関しては
こんな感じなのですが^ー^

詳細はしばしお待ちください


2010/7/5

7月5日  

横浜のサムズアップにて ブルース ヒューズのライヴを観る
リゼントメンツがもう少しルーツ ロックな世界なら
こちらは より自らの世代観を打ち出した内容だった

語尾を意識してラップ的に切り取っていく歌い方から
譜割りが細かいビートまでに それを感じる

マーク アディソンのキーボードはときにスライ ストーンや
スティーヴィー ワンダーのそれを思い起こさせるような
16で跳ねるようなニュアンスを打ち出していく
そういえばスライ「一緒にいたいなら」のカヴァーも披露
していたな

数年まえに見た”スクラッピー” ジャド ニューカムも
こと今夜に限っては ソングライターとしてよりは
ヒューズのためのスパイス役のギターという感じだ
それでも ショートスケールのテレから繰り出すフレーズは
しっかりとこの人の音楽的素養を物語る

名ギタリスト、ステファン ブルトンの死去という悲しい
ニュースも少し以前に伝わってきたが
このオースティン一派は たぶんこれからも
”やんちゃな” 音楽を繰り広げていくに違いない

そんなことを痛感した夜だった

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左端がジャド ヒューズとは曲ごとにギターとベースを
コンバート

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ロブ フーパーのドラムスは 質実剛健ながら跳ねのニュア
ンスに富む

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開演時間を勝手に勘違いして 一人居酒屋で時間を潰していた
愚かな私、、、でもギリで間に合いました
会場では 懐かしい人、久しぶりの人など
いろいろな方とお話し出来ました^ー^

西川くん、ごちそうさまでした 剛胆なひと


2010/7/5

Be Real !!  

80〜90年代のダグもハズレなし!
周りがアホばかりでも 自分の”文体”をしっかり持っていた人ですからね

そんな意味でもダグは強く 逞しいです

>Brown Sugarさま

ぼくは逆にそのスウェーデン盤が欲しくなってしまいました(笑)
「見つめていたい」(every breath you take)のカヴァー、
ぼくも好きです^ー^

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2010/7/3

リンダ パロマ  

リンダ ロンシュタットのアサイラム レーベル時代の
諸作が紙ジャケット/最新リマスターでCD化!
LP時代にすっかり聴き馴染んだ諸作だが 何となく嬉しい
惜しむべくはキャピトル配給の名作『heart like a Wheel』
が漏れてしまったことだが それでも今回の5枚が
リンダの代表作であることに間違いはあるまい
(のちのメキシコ ルーツ回帰作も素晴らしい)

音楽的にも人脈的にも70年代のサザーン カリフォルニア
を凝縮した部分が彼女にはあって 歌にしても歌唱に溺れ
ることがない一途さのようなものが ぼくは好きだった
こう書いているだけでも 『dont cry now』のインナー
スリーヴ(マイクをまえに歌うリンダ)や『哀しみのプ
リズナー』の見開き面には曲の提供者が書いた自筆の歌詞
カードがあったなあ などと漠然と思い出す

聞いておいて良かった(今は違う)といった”踏み絵”では
なく 曲の紹介者だったという側面だけでもなく
アリゾナからやってきた彼女がロスアンジェルスという都市
で咲かせたものに もう一度耳を傾けたい

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今回のライナーは5枚ともに 天辰保文さんが抑えた筆致で的確に
リンダとその時代のことを書かれている

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棚から引っ張り出してきたリンダのLPです 中央が名盤の
『Heart Like A Wheel』(74年)
KOSHが担当したジャケットもあるが デザイナーのデニー奥山氏
とコッシュ話を少しまえに話したばかりでした(笑)

http://whink.seesaa.net/


2010/7/3

ダグ サームにテクスチュアーはあったのだろうか  

まだ読んでいないが『考える人』今夏号は
村上春樹のロング インタヴューが売りである

抜粋によると JDサリンジャーに関して村上は
「作家に必要なのは文体と内容そしてテクスチュアー(構造)
です でもサリンジャーにはテクスチュアーがなかった」と

隠遁生活がほとんどだったサリンジャーを言い含めての
発言であり また村上はそう言えるだけのキャリアを積んだ
という感慨もこちらにはある

作家に限らず音楽家も 文体と内容は言わずもがな生命線だ
と私も思う
そしてテクスチャーを持っているとは いわば把握力のこと
と考える 自分のこの作品は流れのなかでどの位置にあるか
とかね

一方で 「天才だったらテクスチュアーなんて考えなくても
いいんじゃない?」という気持ちを私は抱く
それはどこかで 音楽家とプロデューサーとは肌合いが違う
んだということを 信じていたいからかもしれない

ダグのような偉人をまえに そう思う
少なくとも ぼくにとって彼はずっと ”文体の人” だった

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83年にインディーズから出されたこのアルバムは
”the west side sound rolls again " と表題にあるように
少年時代のサン アントニオに思いを馳せた名曲集だった
いわば名作『Juke Box Music』のプリ プロダクトであり
メキシコからの夜風が頬を撫でるようなサニー オズナの
「think it over」に ダグの思いが染み渡っている



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