東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/8/7

8月7日〜虹について  Rock N Roll

 ブルージーンのあの娘 LAのレディさ

 ロック バンドのために 笑みでご対面

 果てしない砂漠のなかで踊っている彼女を

 きみは見たことがあるかい?

 バレリーナのようだったよ

 いま ぼくはこの街で彼女といっしょ

 
 表通りでは 宣教師がわめいている

 「神様のための切符を買いなさい」だとさ

 振り返れば 彼女が笑っている

 ならば このブールヴァードも悪くない


 (エルトン・ジョン「可愛いダンサー」)

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 賑やかな街並に きみを連れ出して

 ありふれた言葉で囁いた

 (佐野元春「レインボウ イン マイ ソウル)




 書き手と編集者は 互いに手を携えながら信頼を深めていく

 もしそうでなければ いい書物は生まれ得ない


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2010/8/7

8月6日  Rock N Roll

朝8時 バイト先でお祈りを
社説はこう伝えていた

「核問題はとかく抽象的な論議になりがちだが、広島に行って
初めて 私はその本当の恐怖と残酷を知った」

昼13時 本日のウォーキングは 17,255歩
歩いていると 無言の音楽がしっかりと聞こえてくる

夕方17時 佐野元春の新しいベストアルバム『ソウルボーイ
への伝言』のライナーノーツ原稿を 書き終える


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夜明けにきみが描いた 地図のかけらに
探し続けた答えが 落ちてくる夜

できるだけ高く 遠くの空まで
かけ登っていくことばかり 考えていた

(すべてうまくはいかなくても/佐野元春)

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2010/8/6

man with icecream  Rock N Roll

brownsugarさん、こんにちは

毎日とても暑いですね
貴log いつも楽しく拝見させていただいています
ロボスの新作 買います!

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同じアイスがなかったので
あずきアイスと一緒に撮影してみました^0^

so long, garcia

2010/8/6

知的遊戯を超えてロックは始まっていく  Rock N Roll

他の人の資質が 逆に自分をくっきりと照らし出していく

そんなことは多かれ少なかれ 誰にでもあると思う

ぼくは音楽評論の一体何に反発してきたんだろう?
何に苛立ってきたのだろう?

それはディレッタントという知的遊戯に対してだった
かもしれない

知的遊戯 これほど気持ちが悪いものはない
「マニアはろくなもんじゃない」という感想は
正しく ロック音楽のありかを指し示すものだ

ぼくはもっとロックの言語を大事にしたかった
ぼくはもっとロック音楽の本質に素直でありたかった

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カフェのざわめきとともに始まる佐野元春の86年作は
「ワイルドハーツ〜冒険者たち」の一振りで 大きな
翼を広げていった

少なくともそこに登場する「彼」や「彼女」の物語は
ぼくが共有出来るものだった












2010/8/5

so long, jerry garcia  Rock N Roll

夏が来ると いつもガルシアの命日を思い起こす

グレイトフル デッドは言うまでもなく
ぼくにとって最高峰に位置するロック バンドのひとつだ

どうしてこんなにも自由な演奏が出来るのだろう?
どうしてこんなにも時間軸を飛び越えていけるのか?

彼らのそんな鷹揚さが ぼくはとても好きだった

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 さあ ワインを分け合おう 
 女の人もついておいで
 自分を分けることは出来なくとも
 ぼくたちに出来ることは 分け合おう

 旅を続けよう
 さあ あとワン マイルさ
 きみは のんびりと歩くんだね
 でも転がり続けよう
 ぼくの懐かしい友よ

 (ジャック ストロウ/ハンター/ウェア作)

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米シャナチーが95年に纏めた『ルーツ オブ デッド』は
さながらアメリカ音楽の大いなる源泉といったところ
ヘンリー トーマスからチャック ベリーに至る道筋に
デッドという大河が流れている

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とかくギタリストはテンションや決め技に流れがちだが
ガルシアの場合 いつも雲のようにフワフワと彷徨いつつ 
ゆるやかな時間を醸し出していった

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2010/8/4

8月4日〜きみはまだ情熱的だろうか?  Rock N Roll

ニール・ヤングの振幅の激しさに関しては 気まぐれ
という見方もあるだろうが アコースティックの温もり
も 激情のエレクトリック・ギターも 彼としてはその
日その時の心の声に従ったまでではないだろうか

そんなニールが若い世代から”グランジの父”として敬愛
されるようになったのは 90年の『傷だらけの栄光』
から ソニック・ユースとのツアーを敢行した際のラ
イヴ『ウェルド』(91年)に至る狂おしいまでの
轟音ロックによってのことだった

また『ウェルド』ツアーの副産物とでも言うべき
ノイズ・エキスペリエンス『アーク』も ルー
・リードの『メタル・マシーン・ミュージック』を思い
起こさせる大傑作だった
(こんなもんは音楽じゃないなんていう奴は殺菌され
たような音に耳が摩耗してしまったからだ)

湾岸戦争の時にはボブ・ディランの「風に吹かれて」を
9・11の時にはジョン・レノンの「イマジン」を歌った
ニール その切迫した表情からは 一人の男の無垢な
感情の流れが 何物にも代え難い柔らかい魂のありかが
くっきりと立ち上がってくるのである

小尾 隆

(ニール・ヤングの肖像:『レコード・コレクターズ』
2010年3月号より 一部改訂して抜粋)

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blue sky

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my wife


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are you passionate?

Mr. Disappointment by Neil Young

where did all the fellings go?
what about that happy grow?
was that so long ago
when we first in love?

i didnt feel the change
everything was still the same
and when that moments came
i didnt know

i miss the feeling
i miss the light
but i got faith in something
ill never give up the fight

why its so heavy
this time of love?
i lost the feeling
i lost the time

id like to shake your hand, Disappointment
looks like you win again but this time might be last




2010/8/3

8月3日   Rock N Roll

心から敬愛してやまない さる音楽家が新しいベストアルバム
を9月にリリースする
そのためのライナーノーツを書き始めたところだ
光栄なことに ぼくは彼から指名を受けたのだった

名前を呼ばれれば たとえいささかの不安があったとしても
バッターは打席に立たなければならない
球をしっかりと見定めて バットを振り切らなければいけない
それはホームランになるのだろうか
それともファウル フライで捕球されてしまうのだろうか
いずれにしても途中退場はあり得ない

度重なる選曲の変更に ヴァージョンの選択
そしてパッケージ デザインへの目配り
レコーディング アーティストとしての彼のポテンシャルの
高さを思えば当然の帰結なのかもしれないが
音楽家が自らを律していくとは こういうことなのである

ヒットを打ちたいと思っている
砂漠の底から沸き上がってくる水脈を探しながら
枯れてしまった言葉たちに 雨を注ぎながら

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2010/8/1

walk on 〜ベン・キースのために  Rock N Roll

たとえ夏の日曜日で 昼にビールを飲んだとしても
たとえ笑点を見終えて 夕食を食べ始めたとしても
今の私は それからウォーキングをしなければならない

それも苦痛ではなくなってきた
90分きっかりと歩く
夜風が肌に気持ちいい

本日の記録は 13,838歩

私はもっといい書き手になりたい
私はもっといい聞き手になりたい

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一応 形から入ろうと思いまして^0^

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”ロックな” お嬢さんと
オビンの腰回りの変化にも注目を(笑)

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ヘンドリクス『Bold As Love』のように
聴衆に追われたシンニード・オコナーのように



佐野元春が尊いのは 本当のことをいつも歌っているから

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森絵都『永遠の出口』を読み メールを送ってきた小林と

http://bookjapan.jp/search/review/200809/obi_takashi_01/review.html

2010/8/1

高円寺のDJ会、楽しかったです  Rock N Roll

まずは私のプレイリストを

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Spencer Davis Group/ Gimme Some Lovin

King Curtis/Memphis Soul Stew

Elvis Presley/ I Got Stung

Dave Edmunds/I Knew The Bride

The Who / Summertime Blues

The Who/ My Generation

Stray Cats/Runnaway Boys

Creation/Spinning Toe-Hold

Paul McCartney & Wings/ Silly Love Song

Roogalater/Love And The Single Girl

Wes McGhee/Mezcal Road

Sir Douglas Quintet/ Nitty Gritty

Carole King/Sweet Seasons

The Marvelettes/海のなかには魚たちがいっぱい

Van Morrison/Did Ye Get Healed?

Jesse Winchester/Let Go

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いやあ 先週のバードに続いて楽しかったです^0^

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まずは隅田監督と

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こんな感じでいつもやっています

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S氏はブルーズ中心のいい選曲でした

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Y氏自慢のシングル 欲しいなあ〜

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彼が着ているTシャツにピンと来た人は
相当のパブ ロック フリークどす(笑)

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ビールと枝豆と音楽と これがなくっちゃね

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お嬢さんとMC5
ジョー バターンからキッスまで ナイスな選曲でした!

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だんだん盛り上がってきました

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ダグ サームとS氏です

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F氏は広報担当者? ^0^

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ぼくも昔 必死で探したロックパイルの7's
懐かしいっす
時計回りに デイヴ エドモンズ、テリー ウィリアムス
ビリー ブレムナーそしてニック ロウ
いい四人組でした

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ぼくはシングル盤中心に
「Gimme Some Lovin'」から

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8月14日には 大井町グルパラで
奥山さんと一緒にエイモス ギャレットを語り尽くしますので
こちらも よろしくお願いします

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みなさん、お疲れ様でした! またね!^ー^

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アルバムごとにどんどん良くなっていったジェシの81年作
故ウィリー ミチェルが制作を手掛け むろん録音はメン
フィスのロイヤル スタジオが選ばれた
ミディアムで運ばれてくる甘酸っぱい風のような音楽がここに

2010/8/1

中村まり、佐野元春そして東京ローカル・ホンクのために  Rock N Roll

いつかの機会に批評者としての自身を語ってみたかった 
自問自答という変則的な形になってしまい申し訳ないが 
なるべく正直に語ってみた 音楽についての文章を書い
てから ぼくは今年でちょうど20年めになる(小尾)

*     *     *

ー文章を書いてみたいと思ったきっかけを教えてください

小尾「漠然と読むことは好きだったし 書ければいいなと
は高校生の頃から思っていました 一番の衝撃だったのは
当時(75年)『ニューミュージック マガジン』で訳出
されたポール ウィリアムスの論考でした ちょうどディ
ランが『血の轍』をリリースした時のことが書いてあって
高校生なりに世界が一気に広がっていくのを感じました」

ーいきなりウィリアムスに出会ってしまった

小尾「むろんまだこっちは17歳の子供ですから そんなこ
とはわかるはずもない ただ ディランに関することを書
いていながら いつの間にかディランではなく ウィリア
ムスの視線を追いかけている自分に気がついたんです そ
うした体験はいままでほとんどしたことがなかったので
驚きました それから古本屋さんで彼の『アウトロー ブ
ルース』や『ニューヨーク ブルース』を探し出してきて
夢中になって読みました」

ーウィリアムスは自分を持った個人的なクリティックスで
すね

小尾「このまえも写真家の渡辺真也さんと話したんだけど
ウィリアムスって子供っぽいというか 散文的で感想文的
な人なんです ”街を歩いていたらザ バーズがアパートメ
ントから聞こえてきた” みたいな(笑) でもそういう
個的な体験の集積としての批評が 彼のなかの一番柔らか
い部分にあるということを ぼくはあとから知る 彼の
文体 彼の目線 ぼくはだんだんウィリアムスのことが好
きになっていきました」

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ー彼のような”個的”な評論というか論考があまり育っていな
いと思います

小尾「言葉が全然音楽に追いついていないと感じることは
多々あります 例えばザ バンドの音楽について語るなら 
相応しい時間軸を獲得しなければいけない クーラーの利
いた部屋で右チャンネルのローリー オルガンがどうだこう
だという以前に炎天下の日溜まりでぼくはザ バンドを聞き
たい そういうことかな」

ー当時『マガジン』での訳出といえば グリール マーカス
の『ミステリー トレイン』に話題が集まっていたと思うの
ですが マーカスについては?

小尾「マーカスは近年も『ライク ア ローリング ストー
ン』で素晴らしい まさに賞賛に値する仕事をしました あれ
を読んでしまうと ぼくらの仕事って何? と思わずにはいら
れません たぶん最高峰のディラン研究であり 最高水準の
ロック批評でしょう あの懐かしい『ミステリー トレイン』
、、、もちろんぼくも読みました  それでもぼくは何となく
ウィリアムスの”個的”な肌合いのほうにより惹かれた、、、
それは結局ロック音楽を文明史として位置取りするのか
それとももっと”個的”なパースペクティヴで感じていくか
の違いだと今ならはっきり言えます ぼくはウィリアムスの
文章が好きでした」

ー音楽評論家は総じて知識自慢になりがちですね

小尾「最も陥りやすい罠 一番楽な場所 そうした
意味では ぼくは記名原稿の意味というものを考えていき
たいです」

ー文章の技術をとくに習ったということは?

小尾「何もないです 完全な自己流ですね ジャーナリスト
養成講座に通ったこともないし 音楽ライター養成セミナー
に行きたいと思ったことも一切ない ただ 天辰保文さんや
山本智志さんの文章がぼくは好きだったんですね 彼らにも
ウィリアムスと同じ匂いが宿っていた その匂いに向かって
ぼくは走っていった それだけなんです」

ー文章の習熟と切迫感は諸刃の剣という側面があります

小尾「エルヴィス コステロの音楽の変遷と同じではないで
しょうか? 文章というものは書けば書くほど基本的には
成熟していく 語彙も豊富になる でも確実に若い頃の鋭さ
は失われていきます すべての人がそれから逃れることが
出来ない この改行で落としどころを付けようという自分が
います でもその反面ずいぶん遠い場所に来てしまった自分
も感じてしまいます」

ー小尾さんの場合どうだろう ちょっと変な言い方になって
しまいますが 怖いもの知らずみたいな部分が資質としてある

小尾「自分では意識していませんが 人がそう感じるのであれ
ば それもぼくなんでしょうね 文章家で加えれば
苦しい時に”お前はそれでいいんだよ”と言ってくれる
のが 鈴木博文さんの『九番目の夢』なんです」

ー一人称で「ぼくはこう思った こう感じた」と反映させ
ることが出来る彼らは とても素敵ですね

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小尾「いつしか個人的に獲得した時間 記憶とは何? って
いう思いが増していきました 個的な体験の集積が広がりを
持つ そんなことを小川洋子さんが 差し出してくれました
『博士が愛した数式』を読んで いっぺんに小川さんの像を
掴みたいと思いました 世界には秩序というものが歴然とし
てある ぼくらはそこに耳を傾ける 自分が物語を作るので
はなくって そこにあったものが 自分に物語を語りかけて
くる そんなことをぼくは彼女によって気が付かされたんで
す」http://diamond.jp/articles/-/5359

ーそういえば一時期から かなり小説を読みはじめましたね

小尾「音楽に関する言葉があまりに貧しかったから回り道
してもいいから ぼくは自分ではなくて他者の”物語”に触れ
たくなったのだと思います ”自分”なんていくら探しても
きっと出て来ない きっと世界中を旅しても出て来ないと
思うんです そのぶん ぼくは他者の言霊(ことだま)を
聞いてみたいと」

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ー以前から言葉の意味性みたいなものに執着するのは危険
だ、みたいなことをおっしゃっていたのが印象深かったの
ですが

小尾「この歌はどういう意味? どんな暗喩が込められて
いるの? という風に問いつめていくと 音楽全体の輪郭
がかえって見えなくなってしまうということです 音楽は
説明じゃないんだから 重要なのは意味とかメッセージで
はなく 演奏者たちと一緒に音楽という名の列車に乗って
いるんだという感覚だと思うんです 面白いのは演奏者も
聞き手もその汽車が自分をどこに運んでいくのか解ってい
ないということです それがエクスペリエンスということ
かもしれません」

ー”お前を一生愛するよ”とか”愛がすべてさ”といった
常套句で固まった音楽は 長く続かない 色あせる
この本はどういう内容なの? とかいう問いつめも
嫌なものです

小尾「結論しか言わないような音楽は退屈ですね 例えば
東京ローカル ホンクに『冬のお嬢さん』という歌があるん
ですが 字面だけ追っていくと お嬢さんお嬢さん メロン
パンメロンパン〜とまあ意味がない歌なの(笑)でも何回か
聞いていくと こっち(聞き手)の手前にその女の子なり
果物の情景がふと立ち現れてくる いわば造形されてくると
いうことなんですが 呼びかける男のほうが”茶柱が立った
よ”と喜ぶ表情なんかも 突然生き生きと立ち上がってくる
んです これが音楽や歌の面白さではないでしょうか?
逆にこういう歌をくだらない、と切り捨ててしまう人と
ぼくは音楽の話は出来ない したくない」  

ー楽しいという言葉を使わずに楽しさを表現する 悲しい
というフレーズは寝かせておいて 気配で悲しさを探って
いく そんな意識とも共通しますね

小尾「おっしゃる通りです 近所のおじいちゃんがある日
死んで 線香の匂いがその家から漂ってくる 見ず知らず
でろくに会話を交わしたわけでもない老人ですけど 何と
なくこっちも悲しいという気持ちになる よほどの嫌われ
者でない限り(笑) 何で悲しいのかはぼくにも解りませ
ん ただ昨日までそこにいた人が今日はもういない もう
何も話さないという圧倒的な事実に打ちのめされるんです
サウダージ(郷愁)という感覚はそういうものじゃないか
な その悲しさを音でスケッチしていくのが音楽の役割だ
と思います」

ーそうした意味で言葉が重過ぎるフォーク ソングを小尾
さんが苦手だと感じるのは 何となくわかるんです

小尾「ディランが凄いのはメタファーを多用することでイ
メージを広げ 奥行きを与えたことです 『激しい雨が
降る』をキューバ危機の歌だと言ってしまうと もうそ
こで歌が止まってしまう 動詞として機能していかなく
なってしまう さっきの歌の耐久性の話とも共通します
ああ ぼく そういえば『俺はこんなに悲しい 寂しい』
っていう種類の歌は好きになれません」

ーディランの『ハッティ キャロルの寂しい死』にしても
その実際の人物を探し出したりするのは ちょっと感覚と
して野暮というか やり過ぎだと思う

小尾「そうですね ディランに『ユダ!』と罵声を浴びせ
た人物を取材するとか ほとんど意味がないことと同じです
ぼくたちのなかの暗い情感の一部が彼だったかもしれない
のに またそれでディランの英雄伝説を補強するというの
も 少なくともぼくの音楽の聞き方とは違いますね」

ー物語の迷宮にそっと入っていこうという意識では書物も
音楽も同じだ、という小尾さんの感覚を今日はすっきりと
見渡せました

小尾「迷い込む 結論を求めない 流れに身を任せながら
音楽と一緒に旅をしてゆく グレイトフル デッドもまさに
そういう音楽ですね ぼく自身若い頃は音楽というかロック
に意味ばかりを求めていました それが若さだったのかもし
れないけれど、、、 JDサリンジャーの『フラニーとゾーイ』
の最後に出て来る”太っちょのおばさん”というメタファーが
あります  ゾーイが妹のフラニーに語りかける場面です
ぼくにはそれがずっと引っ掛かっている いわばそれは日常
のなかに自身を取り戻していく作業だと思うのですが ぼく
は苦しいとき ゾーイの語りかけをいつも思い起こします」 

ー日常のなかに戻っていく そうしたいわば『フォー エヴ
リマン』的な側面と 『きみを連れてゆく』のような世界へ
と船出していく感覚 音楽はその両軸ですね

小尾「船を出して行くワクワク感もいいし 港から上がって
焼酎を飲みながらテーブルを囲んでいるのもいいなあとしみ
じみ思います 後者は若い頃はよく解らない感覚でしたけど」

ーもう少し会話の飛躍を楽しみましょうか(笑) テーブル
というのは家族の象徴でもあります

小尾「ぼくは昨年 父を亡くしました 治療がまずかった
医師の判断が間違っていたとかいろいろ言い当てることは
出来るのですが やはりいくら明晰な医学の世界でも『絶対』 
はないということが まずひとつ もうひとつはやはり
喪失感です 戦中派の父とは若い頃激しくやりあった時期も
あったけれど それは結局日本が世界がどういう時代だった
のかというところに辿り着いていきます そういう意味では
戦争はまだ終わっていないんだなと テーブルは確かに家族
のイメージですね 食卓を囲むというイメージ 記憶のなか
の温かい場所にそれがあります 昨日までその席に座ってい
た彼がもういない という歴然たる事実はきつかった」

ー一番イヤだなあと思うことは?

小尾「ぼくがどうしても許せないのはシニシズム(冷笑主義)
なんですね 傍観主義と言い換えてもいいのですが それだ
けは昔から嫌でした あとは言葉のための言葉とか 批評の
ための批評とか 何故そういう風に自分が感じるのかという
と、、、これは後付けになってしまうかもしれませんが
ぼくやぼくの世代は 音楽が明るかった時代のことを忘れら
れないんです もう少し正確に言うと 明るい響きを志して
いた音楽のことが忘れられない シニシズムという価値観と
向き合えないのは きっとそういうことだと思っています」

ーコレクションとして いつも頭にある曲は?

小尾「無邪気なロックンロールを代表してキングズメンの
なかなか終わらない『ルイ ルイ』、旅の途上での友たち
との語らいとしてグレイトフル デッドの『ジャック スト
ロウ』そして青年期の終わりを描き切ったという意味
ではビーチ ボーイズの『キャロライン ノー』です」

ー最後の質問です 佐野元春、 東京ローカル ホンクそして
中村まりについて

小尾「まず佐野さんですが90年代の彼は孤軍奮闘していた
ものすごく中傷や誤解も受けていて ぼくはその土地が
荒れ果てているなと感じていました ぼくはどうしても
佐野さんを励ましたかった もうこれだけはという切迫した
感情の流れでした ”ぼくはあなたの音楽の味方です” と 
でもそのことを
別の言葉や文章で伝えるのが音楽評論家の仕事です 無心で
初期についても書いてみた 彼の最近もゼロの心持ち
で聞きながら言葉を連ねてみました ですから結果的に
佐野さんから”ぼくの音楽を言葉にしてくれてありがとう”と
直接言われた時は最高の体験でした ロジックとエモーション
とが溶け合っている人ですね 彼が出す音がロジック
に絡め取られていないというのも感動的なことだとぼくは
思っています
東京ローカル ホンクは 彼らの正直さとか素直さに惹かれ
ます 彼らは謙遜して”ぼくらこういう音しか出せないんです” 
って言うんです でもぼくは思う ”きみたちはこういう音を
出せるじゃないか!”って いつも彼らに言っているんです
がサウンドスケープというか音の像が 限りなく柔らかいの
も素敵だなあ
中村まりはぼくのほうからアプローチしていきました 拙書
『Songs』を挨拶代わりに渡して(笑)ある意味 女性の
ソングライターって 一番制作側にいじられやすい
業界の思惑とか 女性雑誌的なスタンスとか(苦笑) でも
中村さんの歌は それらとは別の地平にすくっと育っていま
した 彼女には育っていく樹木みたいな匂いを感じています」

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90年代前半のポートレイト 伊豆にて

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2010年の冬 終演後の中村まりと 下北沢leteにて

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2010年の春 東京ローカル ホンクの木下弦二と
大井町 グルーヴァーズ パラダイスにて

2010/7/30

これまでのこと、これからのこと  Rock N Roll

ニール・ヤングの長い活動を振り返ってみると
気ままなソロとクレイジー・ホースとの共闘
その二つの間を 彼が往来してきたことが解る

言うまでもなく ベン・キースはその前者の
バンドマンとして ぴたりとニールに寄り添って
きた伴侶のような人だった

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ハンクからヘンドリクスまで
ぼくはこの道をきみと歩いてきた
この古いギターとともに
何とか出来るんじゃないかと思いながら

それほど期待していた訳じゃないけれど
ぼくは きみなら助けてくれると思っていたし

ねえ ぼくらは一緒にやっていけるのだろうか?
今でも手を携えながら やっていけるのだろうか?
そう 音楽という船を漕ぐみたいに

マリリンからマドンナまで
ぼくはきみの笑顔に恋をしてきた
なのにぼくらはカリフォルニア スタイルの大袈裟
な離婚を余儀なく受け入れている

歌うぼく自身が 失われた友のようだね
いやあ まったく同じ感情って奴は
きみを殺しもするし 生かすことも出来る

ときどき前が全然見えない
破壊された景色ばかりさ
でも ときどき 
愛の神様がぼくの汽車にやってくるんだ

窓にはめられたのは新しいグラス
樹木には新しい葉
そして ぼくらにはまた距離が生まれた

ぼくらはまた一緒にやっていけるのだろうか?
今でも手を束ねながら やっていけるのかな?
音楽という船を漕ぎ出していくみたいに

「ハンクからヘンドリクスへ」

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同曲が収録されたのはニール・ヤングの92年作
『ハーヴェスト・ムーン』
その歌は ここまでの道のりとこれからの歩みのなかで
揺れている
ちなみにニールは前年までクレイジー・ホースとともに
まるで電気的な体験のようなツアーを ソニック・ユース
たちを従えながら敢行していた

ニールとベン・キースが共同制作で携わったこの『ハーヴェ
スト・ムーン』は いわば”ホーム・アルバム”だったのかも
しれない

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00年に行われた“Road Rock" ツアーでのニールとフレンズ

左からペギ&アストリッド ヤング、”ダック”ダン、
ニール ヤング、スープナー オールダム、ベン キース
そしてジム ケルトナー
顔ぶれからも想像出来るようにアーシーで弾力ある演奏
がこのツアーの要
ベン キースはペダル以外にも通常のギター、ラップス
ティールを弾くなど バンドに彩りを加えた
このライヴ作のプロデュースも ニールとベンの二人に
よるものだった

2010/7/26

バードソング・カフェの記憶  Rock N Roll

今月いっぱいで店を畳む中目黒のバードソング・カフェ
長い間お疲れ様でした

ぼくにもある種の感慨がある
この店の6年半がちょうどぼくにとっては 会社員だった
最後の3年と 会社を辞めてからの最初の3年半というこ
ともあり 最後の3年は飲み方が激しかったことや 新し
い3年半は穏やかな飲み方に変わってきたことも含めて
ちょっとした年代記(クロニクル)だ

ロック・バーとしてはお客さんの入りも クチコミで伝わ
ってきた評判ともに良く 成功した方だと思う
毎晩のように客のグループが2回転も3回転もすることや
女性客の足が途絶えなかったことは
同業者たちを羨ましがらせた

すごく解りやすくいえば 店主である梅澤くん自身がお客
さんとともに楽しみ それが客にきちんと伝播していった
ことが結果を出していった
音楽マニアのための巣窟であることよりは
異業種の人たちとの語らいを むしろ彼は楽しんだ
やがてリピーターは増えていった

むろんお店ごとの尊ぶべきカラーというのはあるだろう
また 客と店主との相性の善し悪しという問題もある
ただ遥か彼方の70年代のように 主が不機嫌そうな顔で
客を峻別したり 高踏的な態度に終始するような時代は
確実に終わりを告げたと思う 客は音楽だけを求めるの
でなく 話をしに来るのだということを 彼はほぼ正確
に鋭く読み取っていた そして彼は少なくとも美辞麗句
よりは ずっと実感のこもった会話を選んだ

ものすごく逆説的にいえばそれだけ時代が荒れ果て 
砂漠のようになっていったのかもしれない
そして人々は今夜もロック バーの扉を開ける

それは結局 音楽を狭い世界に閉じ込めておくのか
それとも音楽とそこから派生するものを 柔らかな流れ
とともに見つめていこうとするのかという
ぼくにとっても大きく切実な問いだったような気がする

6年半という地点でのやや唐突な今回の閉店も
よりよい環境を求めて"次の店”に照準を定めた結果だという
末席の客としての自分の実感としても これほど感傷や
諦観が伴わない閉店というのも ちょっとない

それにしても ”気は心” 
それが最後の最後までしっかりと伝わった店だった

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きびきびとオーダーをさばいていく梅澤くん
夏なので氷モノのドリンクもどんどん出ていきます

「広告代理店に行くまえ 学校を出て最初に就職したのは
アパレルだったんですよ 自分が最も苦手で接点のないこ
とをあえてやってみようと(お金のために割り切って)
はじめから二年が限界だろうと 案の定キツかった(笑)
一部の人たちは根本からしてまるで異なる別人種だった
人間の”消費面”だけがすごくて 常にトレンドだけを追い
かけて疲弊している だから砂を噛む思いだった 一番
苦痛だったんです (音楽は)データの羅列だけだと苦し
くなってくるのよ お客さんにはレコードや曲を通して
自分を語ってくれたほうが お酒を飲んでいて楽しい 
映画やら小説やら話がどんどん飛び火していくのがすごく
面白かったり ダーッて反応が返ってくる人ってカッコイイ
なって思うんですね」(筆者取材時に於ける梅澤氏の談話
より抜粋させていただきました)

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2010/7/25

リンク集更新のお知らせ  Rock N Roll

エル・テッチさんによる『部屋を整理したら、忘れていた
ものが出てきた』を リンク集へと(勝手に〜笑)加えさ
せていただきました 自分のペースできちんと音楽を聞か
れているなあ そのことが尊いなあ と思わずにはいられ
ないblogです

http://fanblogs.jp/eltetti1/


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2010/7/25

maybe baby〜ホリーからクレインショウに  Rock N Roll

デルバートもラボック出身ならホリーもまた同郷
そんな意味でテキサスは過去から現在まで音楽の
源泉なのかもしれません そう、テネシーやルイ
ジアナ州がそうであるように

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1957年の2月、3月、7月、9月のレコーディング
セッションをまとめた58年リリースのアルバム
バディ ホリーの名前を伏せ クリケッツ名義にした
ことも ホリーのバンド サウンドへの思いが滲んで
いるような気がする 多くのカヴァーを生み出した
名曲群に関してはここに記すまでもあるまいが
同郷ではダグ サームが「オー ボーイ!」をライヴ
盤で演奏していた 彼にとっては子守唄のようなもの
だったのかもしれません

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こちらは58年の3月に発売されたホリーのデビュー 
アルバム まだトレードマークとなる黒縁メガネが見当たり
ませんが 私が生まれたのと同じ58年のリリース そうした
ことに思いを馳せてしまいます 軽快なビート、コンボ編成
の風通しの良いバウンス、柔和なメロディと 早くもホリー
の才能が溢れ出しています ううん、大好き
ちなみに「悲しい便りはもう沢山」は オイリー ラグスが
下町風味たっぷりに歌っていましたね


それから約20数年、、、
突然変異のように 一人の才気ある若者がデビューしました
この衝撃は未だに忘れることが出来ません
ホリーの陽気 ギター中心のアンサンブル いささかの感傷
それらすべてを兼ね備えた新人の登場でした

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82年の2月にニューヨークのレコードプラント スタジオで
吹き込まれたマーシャル クレインショウのファースト作
何も後ろ盾がない場所から突然現れたこの青年にあったのは
無邪気なロック音楽、ウキウキするようなビートへの向こう
見ずな感情の波だった 無防備な挑戦 いささか時代遅れの
8ビートへと寄せた信頼 海の向こうから声援を送ったのは
むろん佐野元春だった ロック音楽の連続性のことを考える
時 忘れたくないアルバムがここに


2010/7/25

暑中お見舞い申し上げます〜Hot Fun In The Summertime  Rock N Roll

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みなさん、熱中症に気を付けましょう 
さすがに私も日中のウォーキングは出来ず
昨日は午後5時からの夕方ヴァージョンへと切り替えました
昨日は11,813
今日も歩きます あと2キロ減を誓った私どす(笑)

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75年11月15日と19日に 地元ボストンとデトロイトで行わ
れたライヴを収録した2枚組『Blow Your Face Out』は 
J ガイルズ バンドの初期を集成するかのような名演奏の
連続だ スプリームスからダイク&ザ ブレイザーズそして
エディ フロイドに至るカヴァー曲も このバンドがどういう
地点から始まったのかを どこまでも照らし出してゆく

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