東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/5/26

ミッド・テンポという思想  Rock N Roll

再々結成作『ナルキッソス』(06年)も素晴らしかった
ミカ バンド(何しろ木村カエラが可愛かったし ライ
ヴにも駆け付けた!)ですが 73年のデビュー アルバ
ムを聞き直していたら またいろいろなことが見えてき
ました

やはり in middle という思想が基盤としてあるんですね
先行シングル「サイクリング ブギ」はfastだったから
アルバム本編から外され オマケとしてプレゼントされた
という、、、深読みかなあ?

裏拍から入る「恋のミルキーウェイ」のカッコ良さ!
これも頭からカウントを取ろうとすると脱落してしまう
という、、、^ー^ たぶん日本で最も早かったこの
レゲエ曲を歌うのは 作者である小原礼だ

いやあ ビートは深い
加藤さんにin meddiumのこと ビートのことを
一度お聞きしたかった

彼は もう永遠に答えてはくれないけれども、、、

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2010/5/23

5月23日〜ポップであろうとする「動詞」  Rock N Roll

マーサ&ザ ヴァンデラスの「ダンシング イン ザ ストリート」
がチャートを駆け巡ったのは 66年の夏だったと思う

その歌はこう歌われていた
「あなたがどこから来たとか そんなことは問題ない
ねえ 一緒に通りで踊ろうよ」と

その崇高なメッセージの続編が
ぼくは07年の春 聞こえてきました
もしよろしかったら 聴いてみてください



「思い込みの強い聞き手たち、、、ぼくは好きです
何故なら音楽もまた作家の妄想から生まれてくるものですから
ある人は”見ろ! これが俺の音楽だ” と言わんばかりに
声を上げる でもぼくの場合はもう少しさりげなく音楽をデザイン
したいんです ぼくはきみの領域を侵してまでは主張しないよ
そんなところかな ぼくの「月夜を往け」を ザ ロネッツ
を知らない女の子が歌ってくれたら いいな 一緒に踊ってくれ
たら いいな」

佐野元春 拙者と07年の取材時に



2010/5/23

シアーズ先生も渡米した  Rock N Roll

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名作『レッド オクトパス』(手元にない!)を含めて
ジェファソンを蘇らせたのは
チャキーコのギターと シアーズのキーボード!

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かつてホプキンズさんがそうしたように
シアーズ先生も海を渡ったのだった








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左から
グラスを持つピート・シアーズと彼女
右手タバコのロン・ウッド
ボブヘアにしたブロンド髪がキム
キムの隣は彼氏のマックです
そしてロッド

みんないる 誰も欠けていない

(ロッド『スマイラー』(74年)の見開きジャケットから)

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こんなに彫りの深いロックンロールが生まれたことを
祝したい マック04年作『ライズ アンド シャイン』は
オースティンの精鋭たちとがっぷり四つに組んだ奇跡のよ
うなアルバムだ イン ミディアムという基本を理想に掲げた
男の大いなる到達点が ここに溢れ出す
美しい

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2010/5/22

5月22日〜南へと向かう汽車  Rock N Roll

今日は江古田〜哲学堂〜沼袋〜江古田を歩きました
10,355歩

歩きながら 半分は何も考えていません
でも半分が 何かを思っています

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クロスビー&ナッシュの「サウスバウンド トレイン」
が脈絡なく訪れてきました

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2010/5/20

This note 4 U  Rock N Roll

KTさんとのコメントの続きじゃないが
こういう諧謔精神を片方に持っていないと
ロックもなにもありはしないと思う




こちらは4的なニュアンスは捨て 完璧なまでの8で突進!
その押せ押せ感が 歌詞と相乗効果を上げている
森高ブレーン 恐るべし

2010/5/19

いろいろ参考になるなあ  Rock N Roll

がちがちの8ビートではなく4のスウィング感を出していて
少なからず驚かされました^ー^
フランキー フォードの「シー クルーズ」の感じに近い




おまえ何考えてんだというご意見もあるでしょうが
原稿書いていると いろんなことが浮かんできます(笑)
こちらはリトル リチャード直系の森高です
あえて言えばthe girl cant help itからの翻訳かも
コーラスをホーンズの代わりのように取り入れている
のも心憎い!



そしてブギーの王者といえば クォーでしょう
彼らの”苔が生えるまで”感がよく出た映像です
ブギーというよりビートはシャッフル寄りですが




76年10月27/28/29日のグラスゴー公演を収録したクォーの
名ライヴ2枚組と付録のシングル盤
これは英国盤とはジャケが異なる米キャピトル配給のもの
14分23秒に及ぶドアーズ「ロードハウス ブルーズ」で
ジョニー キッド&ザ パイレーツ「シェイキン オール
オーヴァー」やアイリッシュ ジグが立ち現れてくるのも
英国のバンドならではの楽しさだ

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音楽はいろんなことを教えてくれるね




今日の歩きは11,132
スティーヴィーの志の高さのまえでは
自分 まだまだです(笑)

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そしてシャッフル ビートとハード ロックの幸福な結婚
といえば 私はまずこれを思い起こします


2010/5/16

for everyman  Rock N Roll

いつか一緒になれる場所を探してきた
人生のレースとやらの馬鹿野郎から抜け出し
ぼくは答えを求めて誰かの言葉を待っていた
太陽が当たる そんな場所で

ぼくはここで
”普通の男”のことを考え
彼のことを 待ちわびている

ぼくはここで ”いつもの男 ”のことを思い出し
彼がやってきてくれたらなあと
ずっと待っている

(ジャクソン ブラウン「フォー エヴリマン」より)

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2010/5/15

やはり  Rock N Roll

いろいろな繋がりが見えてくるから

音楽は楽しい

原稿を書くことも苦しみではないです^ー^

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2010/5/15

5月15日 晴れ  Rock N Roll

本日発売された『レコード コレクターズ』6月号は
ストーンズの記念碑的な名作『メインストリートの
ならず者』(72年)を総力特集しています

私は「プロデューサー、ジミー ミラーの貢献」*と
いった記事を6ページ(6000字ほど)書かせていただき
黄金期のストーンズに大きく寄与したミラーの”仕事”
について 徹底的に掘り下げてみました^0^
(ミラーの代表アルバム ガイド付きです)

もしよろしければ 読んでみてください
きっとミラーの存在が見えてくると思います!

*正確な記事タイトルは「ジミー ミラー〜独特のリズム
センスで黄金時代のストーンズに貢献した名プロデューサ
ー」です

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2010/5/14

音楽はけっして鳴り止まない  Rock N Roll

遅ればせながら『パイレーツ ロック』(09年)を
DVDで観た
およそ2時間 大いに楽しみ 少し切なくなった

ここには挿入される50曲のヒットがあり 
下世話な展開があり 政府の思惑があり
あるいは父と子の邂逅があるけれども
リチャード カーティス監督は ロック音楽の
ファンタスティックな側面にありったけの思いを込め
その継承に 驚くほどの敬意を払っている

時は1966年のイギリス
国営放送に飽き足らず海賊ラジオを営むDJたちを
追いかけた群像劇でもある
ラジオがまだ聞き手と幸福な関係を築いていた時代の
日付けのない日誌のようなものかもしれない

この映画が訴えかけることは
たぶん本当のことだ

そして場面場面で溢れ出す音楽たちは
ぼくたち一人一人に
「なぜ ぼくはこうもロックが好きになったんだろう」
という気持ちを 呼び戻していく

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2010/5/11

寄る辺なき人、アレックス  Rock N Roll

「たいていの人は『考えておくよ 後で連絡するから』と
言ってその場をごまかし 連絡はしない でもそういう返事
はアレックスは絶対にしなかった」

(『Rolling Stone日本版』6月号に書かれたアレックス
チルトンの追悼記事より 文はデヴィッド フリクル
翻訳は新井嵩嗣)

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2010/5/9

月夜を往け  Rock N Roll

もしジョン レノンと共演出来たら
ぼくは 彼と他愛のないロックンロールをやりたい
ロックンロールを一緒に演奏したい

ぼくは 暗い情感やネガティヴな感情で人々と結び
付きたくないんです

ぼくの「月夜を往け」を聞いて
ザ ロネッツのことを知らない女の子が
曲をくちずさんでくれたら いいな
踊り出してくれたら  いいな

佐野元春 (筆者による07年5月の取材より抜粋)

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佐野がかつての聞き手たちをも呼び戻した04年作
彼はロック音楽とともに成長した”彼” や”彼女”たちの
物語を引き受けてゆく

過去を照らし出しながら
未来に怯えながら
それでも 佐野元春は約束の橋を架けていく





2010/5/9

How I Could Tell You That Feel 'bout Lost  Rock N Roll

おまえは殺しの出来る年齢
でも 選挙権もまだ 持たされちゃいねえ

鉄砲担いで 
得意になって
これじゃ世界中が死人の山さ

「明日なき世界」 RCサクセション

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生前キヨシローに二度だけ会ったことがある

今でも覚えている
イアン デューリーが初来日した88年?の
後楽園ホールでの チャボと一緒のゲスト出演
もうひとつは 99年暮れの九段会館で行われた
ダン ペン&スプーナー オールダムのライヴ会場にて

でも そんなことより遥かに大事なことがある
それは ”君が知っている” 

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2010/5/9

自画像  Rock N Roll

部屋を掃除したら昔の写真が少しだけ出てきました
かなりピンボケですが どうかお許しを(笑)
クリックしてね

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81年 所沢の自宅にて
イアン マクレガンの新譜を買って嬉しかったので
しょう 指差しているのはフェイシズのポスターです
本棚に並ぶのは『マガジン』
なお『バンプ〜』のライナーは山本智志さんが書かれて
いた あの頃はまさか後年出会うことになるとは思わな
かったな〜

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89年春 憧れのイアン マクレガンと記念撮影を
読売ホールにて ジョニー ジョンソンのLPを進呈したら
すごく喜んでくれました ちなみにこの時の彼はデヴィッド
リンドレーのエル レイオーXのキーボード奏者として
最高の演奏を繰り広げました 自分が見たライヴ史のなか
でも たぶんかなり上位なんじゃないかな

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静岡のペンションにて 物思いに沈むオビン(笑)
95年頃だと思います まだ髪が黒い、、、

いやはや失礼しました^0^

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2010/5/9

5月9日 晴れ  Rock N Roll

ち〜くんとコメント欄で語ったアルバムがこれです

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ニューオーリンズR&Bのピアノ スタイルを継承するディズ
ワトソン 彼を中心にした英国の三人組が 82年にリリース
したデビュー作(英ace 原盤)がこれ

プロフェッサー ロングヘアに捧げた「Byrds Bop」も素晴ら
しい 渡英した時のドクター ジョンをサポートしたのも
彼らドアメンだった(ドクターのライヴ作『Such a Night』を
参照に)

ちなみに本作をプロデュースしたのは ロニー レイン&スリ
ムチャンス出身のチャーリー ハートであり
英国パブ ロックの血脈がここにも溢れ出してゆく

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ここら辺りの本家本元さんも お忘れなく^0^

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