2021/2/11

たとえばオリンピックのこと  いろいろ


宗教はおそらく人類にしかないだろうもので、心の平和、世界平和に深く根差すもの。
それなのに宗教の名のもと、戦いや諍いは果てしない。
ひいては、国と国の政治問題も同様。
思えば、ミュンヘンオリンピックでは選手村での悲しい事件も起こってしまった。
異なるもの・事象が共存するということは、そう簡単なものではない。
そしてきれいごとで済むはずもない。
しかし、その人類が利害を越え、異種を越えて純粋にスポーツを通して競いあうもの。それがオリンピックのはず。

「おもてなし」は、お金を遣えばいいというものではない。
「狭いところですが、」「むさ苦しいところですが、」「何もありませんが」
よかったらお茶でもいかがですか?
ゴハンを食べていきませんか?
泊まっていきませんか?

それでよかったのに。そんな素朴で温かい不変のおもてなしがあるのに。

我が国の某人の発言が世界を巻き込んで大騒動になっている。
オリンピック開催のリーダーは、世界が黒だと言ったが白と言った。
しかしあっけなく黒ですねと言う。
もしも心からの、本当の信念あっての発言なら、なぜそう考えるかを述べ堂々と主張すればいいではないか。
もしもそれで非難されたとしても、その発言に責任を持てる信念があったはず。
コロナ以前に、この軽さが心底怖い。





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