彼女との付き合う日々が続くうち、男としての責任と義務を感じ始めた。
仕事も順調、イラストレーターとしての道もつかみ始めた。しかし
彼女に対する責任、一生一緒にいたいという思いの先には結婚という
約束事を決めなければならない。まだ22才の若造には自信もなかったし、
彼女の両親も快く受け入れてくれないだろう。
そんな自信のなさと不安で、ある晩しこたまビールを飲んでいたら酔った勢い
というのは恐ろしい、突然彼女に会いたくなって真夜中、上石神井から
彼女の住む練馬まで歩いて行くことにした・・・深夜の人通りのない道を
練馬は東の方向だくらいで一度だけ尋ねた記憶を頼りに歩き続けた。
以前、目黒のスナックで飲んだ時、やはり酔いに任せて新宿大久保の
工場へ歩いて帰ったことがあった。飲んでた遠藤が「おい待てよ
もうすぐ始発の電車が出るから、それまで待てよ・・・」と押しとどめて
くれたけど、何か会社に迷惑掛けたくないという気持ちと夜風に吹かれて
歩きたいという気分だったんだろう、遠藤がホンダのモンキーで駅まで
送ってくれたが近くの交番で新宿方向を確かめると山手線沿いの道を
ひたすら歩いた・・・原宿あたりで酔いが醒めてきたので自動販売機で
缶ビールを飲み足してまた歩く。新宿伊勢丹が見える頃には陽も昇り
牛乳配達や段ボールを抱えた浮浪者が動きだしていた。
そのまま、工場に入って仕事についた・・・・若さだ(爆)
寝静まった都会の夜、孤独という自分が思い知らされる。真っ暗な
道筋を突き抜ければ何か暖かい赤いハートにあえるかも知れない。
青年期の男の性なのかも知れない。やがて朝日にたたずむ彼女の
家の前に辿り着いた。こんな朝から突然尋ねたらきっと怒られるだろう。
だけど、逢いたい・・・意を決してブザーを押した戸が開くと
彼女が「どうしたの?こんな朝早くから・・」と門前払いを覚悟してたけど
逢いたかった笑顔があって嬉しかった。「まあ上がって・・」と
客間に通され彼女のお母さんが出てきた・・・「すいません、朝早く・・」
それしか言えなかった・・・そして「どういうつもりで付き合っているの」と
静かな口調で問われ、どこの馬の骨とも分らない若い男に勝手な真似はさせない
という母親を感じた。僕は覚悟の言葉を言った「幸せにします。」
男の約束手形を切る・・・・これしかなかった。
結婚、金もかかるはずだ。テレビで二人だけの結婚式5万円というCMを見たが、
二人だけっていう訳にもいかん。
田舎には祖父が亡くなり母が一人でいる。母や家も気になる、しかし自分の夢もある。
彼女も欲しい。さしたる生活力の自信もなかったし、身勝手な同棲など考えられなかった。
周囲の賛同を得るには田舎の家を守り、定職を持ち経済的な基盤を築かなければならない、
それが今の僕の彼女を得る為の最善の方法だと思った。僕は決断した・・・
都会のサクセスをあきらめ、田舎に帰る・・・
可愛がってくれた斉藤マネージャーに言った。
「妥協して田舎に帰ります・・・」「妥協して帰る?妥協じゃなくて納得して帰れ。
田舎だろうが都会だろうが、やるのは同じだよ。」そう言うと
小田急ハルクの喫煙具売場に連れて行かれた。
餞別だと言ってダンヒルの銀のライターを買ってくれた。
後任者も決め、退職願いを出し事務所で道具を片付けていたら机の上のラジオから
クリ−デンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」が流れた
4年余りの都会の生活が目くるめく思い出され何故か涙が止まらなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく

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