揺れるバスの中を前まで歩き、運転手さんに話し掛けた。
「あの・・・確か、役場の前か小学校の前のバス停だったと思うんですけど」
もう過ぎちゃったのかな
運転手さんはすぐに答えた。
「川俣ですかね?親戚のうちがあるんですか?」
「そうなんです。○○という家なんですけど」
「じゃぁ、間違いないです。役場の前で降りて、山の方に歩いて行けば大丈夫です・・・あと、三つ目ですよ・・・あぶなかったね」
ローカルらしい会話が成立し、安堵した。
夏空の中に降り立つと、懐かしい風景が目の前に迫ってきた。
廃線になった駅舎
道路の反対側の店
路地から家に続く道・・・
歩き出してしばらくすると、山の方から人が歩いて来た。
その家の四男の叔父さんだった。
かつて自衛隊に入隊し、身体を壊して帰って来ているという話を聞いていた。
その叔父がはにかんだように
「お〜い binnちゃ〜ん 迎えに来たよ〜」
こちらに手を振った。
電話で到着時間の検討をつけて迎えに来てくれたのか・・・
「バスがわからなくなっちゃって・・・」
叔父は笑いながら荷物を持ってくれた。
叔父の身体は相当痩せていたが、元気そうだった。
「Sちゃんな・・・もう出かけちゃったよ」
兄のことを言った。
「そうですか・・・ねぶた祭りに行くとか言ってましたからね」
実家にあがる坂道や建物が懐かしく迫ってくる。
荷物を置き、挨拶もほどほどに裏山の畑の方へ歩いていく。
昔
ジャガイモ堀について行った記憶が蘇る。
真夏の空・・・。
家に戻るとばーちゃんが言った。
「Sちゃんな・・・ヒッチハイクや駅に泊まって旅行するんだって?青森や函館まで行くと言ってたな〜」
兄の詳細計画は知らなかったが、たぶんねぶたを体感したくて旅に出て、駅舎やなんかに寝泊りし、まつりのその輪の中に入り、嬉々として踊り、シャッターを切るだろう姿が想像された。
兄もまた、夏が好きだった。
そこに母や妹がやってきて合流した記憶が無い。
また、どんな経路で帰って行ったのかも覚えていない。
またボクは東京のバイト生活に戻り、お盆過ぎに兄夫婦宅に遊びに行き、その夏の膨大な写真・・・スライドを観た。
確かに、兄はねぶたのハネトの中に入り、若い女性達と手をつなぎながら嬉々として踊っていた。
「これだよこれ!手を引っ張って中に入れてくれるんだよ!ねぶたは、見るもんじゃないよな!参加するモノなんだよ!ねぶたは!」
スクリーンに映るスライドからその興奮、楽しさが伝わってくる。
伊東美咲さんの話などをして軽い報告会が始まった。 笑
「あの時ばーちゃんな・・・」
「一人で旅をして、駅に泊まったり、ヒッチハイクしたりで行くんだ、と言う話をしたら・・・小遣いくれたんだよ・・・宿さおはいんなさい、てな、優しく言うんだよ・・・」
「それは、気の毒と思ったのかな、それとも・・・小遣いの口実だったのかな」
「一人は危険と言う意味もあったのかな・・・なんか、その言葉が旅の間中蘇ってきてな・・・宿さおはいんなさい・・・ばーちゃん、優しく言うんだよな」
「若者の貧乏一人旅をしたかったのにね!なんていうのは野暮かな・・・ふ〜ん、そうなんだ」
退屈な子供時代のその実家での夏休み体験の暗い記憶から、やっと脱出することができた瞬間だったのだろうか?
腰をかがめたばーちゃんが目を細め
「宿さおはいんなさい」
そう言う姿を想像し、少し涙がこぼれた。
そういう優しさが、子供時代にはまったくわからなかったと言うことなんだろう・・・。
「んで、宿さ・・・入ったわけ?」
「泊まるわけ無いじゃん!旅行費用にするじゃん、普通〜 まぁ、それで北海道も堪能したわけだけど」
兄は笑った。
「あれ、オレ、小遣い貰ってないよ〜そういえば」
そう言って粋な弟binnちゃんも笑った。
ばーちゃんが亡くなったのはそれから数年後だった。
夏が来れば思い出す・・・伊東美咲さんと「宿さおはいんなさい」というボクは聞いていないそのばーちゃんの優しい言葉を。
夏は柔らかなかさぶたのように、心に幾重にも思い出をもたらす。
夏が来るたびにその心のかさぶたをはがし、また新たな夏の思い出を増やしてゆきたい・・・こんな年齢になっても、毎年そう思うのだ。

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