2006/10/3

生きる事は花  感動編

TVでも

よく

お見かけする「ますい志保」さん

とても

尊敬しないといけない人だと思ってぃました。


僕は

AFLAC NEWS を呼んで

初めて知りました・・・・

「ますい志保」さんの闘病期を・・・・・


1999年秋

「下着に赤い蝶々のような跡がうっすらと残ったのです。下腹部には生理の時よりやや強い痛みを感じました」

「山のように仕事を抱えていましたが、楽しくて仕方がありませんでした。もちろん、自分ががんになるなんて、まったく考えていませんでしたね」

「症状はよくならず、毎日出血するようになりました。そして、ある朝、あまりの痛みで起き上がる事ができなくなりました。これはマズイと思って、産婦人科で診てもらったのです」

「腫瘍は見られないですね。念の為、エコーを撮ってみましょう。恐らく出血は内膜症でしょう」

「しかし、その後も相変わらず出血は続き、体調は悪くなる一方、02年末から鎮痛剤の量は日増しに増え、年が明けた頃には1日1箱は飲みきっていたほどでしたね」

「急遽、知人の紹介で都内のクリニックで検査してもらう事に・・・・・。MRI検査で5センチ以上の腫瘍が見つかりました。その後、"何かの間違いであってほしい"と、別の病院や医大でも詳しく検査をしてもらいましたが、結局、子宮体がんであることが判明。放置すれば余命半年で、子宮だけでなく卵巣もリンパ節も切除が望ましいと医師から告げられました」

「34歳の若さで"女性ホルモン"を全部取られるのはつらすぎる。子供がいなくてもいいという人もいますが、"私は1センチでも卵巣を残してほしい"とベッドでそう言ってなきました」

「生きなければいけない」

「子宮がんだと知ってから、インターネットで病気の事をいろいろと調べました。すると、自分と同じように苦しんでいる女性が、世の中にはたくさんいる事を改めて知りました。また、それと同時に生存率などを見ると"自分はかなり厳しい状況だ"という事も分かったのです。そして"世界中のがんの常識を覆そう""その為にも私は生きなければならない"と考えました」

「生きる」

「尿道にカテーテルを入れて、膀胱から尿を出す訓練を行いました。導尿時間は3時、7時、11時、15時、19時、23時。1日6回4時間おき、排尿訓練の為1日に2ℓの水分をとり、細かく飲水した量を用紙に記入する。熟睡する事もできないし、カテーテルを入れる時は痛いし・・・・・。とても辛いトレーニングでした」

「ふけが落ちている気がして、かゆくてたまらず思いきりシャンプーしたのです。そうしたら、髪の毛が指先にねっとりとまとわりつき・・・・・。シャワーで流せば流すほど髪は抜け、タオルで拭こうとしたら、抜け落ちた髪がべっとりとタオルに張り付いている。恐る恐る鏡を見ると、そこには"かっぱのような"毛の抜けた別人がたっていました」

「私は闘病中も原稿を書いたりして仕事をしていた事もあり、個室に入っていました。それも1日何万円もする特別室だったので、退院する時、病院からの請求は何百万円という金額になっていました。しかし、私は医療保障のついた生命保険に入っていたため、治療費や入院代などを支払う事ができたのです。これが、自分の持ち出しとなると・・・・。いくら銀座のママといっても経済的に苦しくなる事にはかわりない。たぶん保険に入っていなければ、個室には入れなかったでしょうね」

「私は特別な患者ではありません。精神的にも強いわけではない。ただ最後まであきらめないで、できる限りの事を一生懸命やっただけなんです。同じような病気で苦しんでいる方もたくさんいらっしゃると思いますが、私にできたのだから"あなたにもできる"そう伝えたいですね」

「生きてこそ花。生きる事は素晴らしい」


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