近江鉄道に新しく出来たひこね芹川駅をスタート地点、彦根市内を巡ってJR西日本との総合駅であるところの彦根駅がゴール駅となる「さわやかウォーキング」が行われましたので参加してきました。
近江鉄道800系。
元西武401系だが顔が変わっている。
運賃表示機はバスのものと全く同じ。
ひこにゃんの「注意喚起標識」
「彦根大仏」がある済福寺本堂。
どことなく中国の楼閣風なのは宗派が黄檗宗だから。
「木造では日本一の大きさ」を誇る彦根大仏(地蔵菩薩)
花祭りが行われていたので甘茶をいただく。
井伊直正の「赤備えの鎧」。
因みにひこにゃんがかぶっている兜はこの兜。
しまさこにゃん。
石田三成の重臣・島左近の生まれ変わり…らしい。
彦根城を望む。
玄宮園から彦根城を望む。
佐和山城の跡から彦根城を望む。
因みに彦根城は佐和山城をリサイクルしたもの。
がもにゃん。
やはり近江・蒲生出身の武将・蒲生氏郷がモデル。
蒲生氏郷の「鯰尾形兜」を被っている。
彼にはもうひとつ、近江鉄道のものなのか何処かの高校のものなのかは定かではないが「制帽」を被ったバリエーションもあるらしい。
彦根駅構内「近江鉄道ミュージアム」にて
近江鉄道の電気機関車・ED14形。
かつては国鉄と彦根駅で貨物の受け渡しを行っていた。
そのED14形の運転席。
電気機関車は「右がマスコンで左がブレーキ」。
その理由は「電車よりパワーが請求されるためどうしてもマスコンが大型になってしまうので右側に持ってきた」とする説と「機回しなどの際に身を乗り出しての運転もしなければいけないから」とする説がある。
因みに運転席が開放されていたのはこの機関車。
両端の電気機関車は「いかにも第二次世界大戦中に作られました」という「凸形」。
国鉄型の「液体式ディーゼル機関車」では一般的だが電気機関車では凸形は「第二次世界大戦中」のみ。これが作られたのは「材料の鋼板が不足してしまったから」というのが理由らしい。
名鉄キハ10形、明知鉄道アケチ1形などと「同型」のレールバス・LE10形。
富士重工LE-Carだ。
初めは「末端線区」の合理化のために作ったつもりが結局「電車のほうが合理的」だとわかったために廃車された。
「電車そのものを利用した資料館」ギャラリートレイン
「マスコンの構造」がよくわかる。
タブレット。
これがないと単線線区で運転が出来なかった時代がある。
「前の線区にこっちへ向かってくる車両がいない」という証拠になるものだ。
丸い輪が付いた「キャリア」を使って受け渡しを行う。(キャリアに付けられている「丸い輪」はもともとは通過駅が閉塞単位駅のときに受け渡しを行うためのもの。スピードは若干落としているとはいえ通過時の受け渡しはまさに職人芸である)
名松線で現在行われているものはこれと似ているが松阪〜家城が「票券閉塞」で家城〜伊勢奥津が「スタフ閉塞」。
「ポイント操作用の配電盤」

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