金曜日だ。
金曜日だから宇宙に異変が起きない限り明日は土曜日だ。
土曜日なのに学習参観である。
日々子供中心となりがちな生活なのは
子供を持った以上致し方ない今だってことは承知している。
しかし朝ゆっくりとくつろげる(寝坊できる)土曜日に何故?
世の父親のことを思ってだろうが
共稼ぎと学校の先生には正直厄介なもんじゃないのだろうか?
土日勤務の方々とか土日とかって関係ねぇってな方々にとっても。
しかも朝から地域ぐるみの避難訓練なのである。
朝8時にいきなり「避難しろ」と命令され、
各戸それぞれのドアに全員避難して無事である旨を記した
ステッカーを貼り一時集合場所へ。
その後、防犯部とかという方々が担当の家々の無事を
そのステッカーにより確認後、一時集合場所より最終避難場所へ
まとめて誘導する、という
そこまでの一連の流れの訓練なのである。
この私が真面目にそれに参加すると?
・・・
しなきゃならんのだよ、しなきゃ。
避難場所は小学校である。
だったらそのときに学習参観もやってしまえということなのだ。
頼む、寝かせて下さい。
「我が家は全員無事です安眠シェルターに居ります永眠じゃなくて」
そういうの作るぜー と。
中でマンガも読めるようにとかプラモ作れるようにとか
酒が飲めるようにとか楽器や兵器を持ち込めるようにとか、
そんなふうにするぜー と、
そういう下らん事を食事の後片付けをしながらぐだぐだと
娘と話していたのだ。
しばらくして部屋にいた娘が突然
「ああああ、ダメだよ、そこじゃダメだってば!」
と叫ぶので一体何事かと思ったら・・・・・、
誰も教えていないのにたいしたもんだ、
飼っていたお蚕さんが繭を作り出していた。
朝までわしわしと桑の葉を食べていたのに、だ。
まだそれほど大きくなっていなかったのに、
体の色も変わっていなかったのに、
平らな場所に無理やり糸を張り始めていた。
あわてて3センチ四方の囲いを方眼紙にて娘に作らせ、
なんとかそこに落ち着いてもらい今に到る。
必死に足場を作っていたが疲れて休んでいたので心配になったが、
再びちまちまと作り出したのでホッとしているところだ。
しかし、
可愛い幼虫姿を見るのもこれが最後なのかと思うと淋しい。
娘が毎朝新鮮な桑の葉を摘んできて与え、箱の掃除をし、
慌しい朝にも関わらず、家族それぞれが代わる代わる
桑の葉を食べる蚕の姿をぼーっと眺めることが
朝の心安らぐひと時であったのに。
私だけ、時折掌に載せてそっと指でなでなでして可愛がっていた。
そう、そんな可愛いあのコが、
もう次に会うときはヘンな飛べない蛾になっているんだな。
最初は2匹いたんだけれど1匹病気でお亡くなりになり、
(そのとき娘は3時間泣いた)
1匹残った男の子がこのコだったのだ。
繭を作るための足場が完成しつつあるようだし、
朝にはもう要らないタンパク質を出しちゃってるんだろうか?
淋しい。
そういえば、
見守っていたつばめの巣も今週頭にはカラになっていた。
近所の池で子育てしていたカルガモの親子も何処かへ行ってしまった。
無理やり付けた巣箱でけなげに子育てしていたシジュウカラも。
生まれたものはいつか必ず巣立つのだな。
お蚕さんもしばらくお休み、長い眠りにつくのだ。
あぁ、
私も蛾になってもいいですからせめて土曜日はゆっくりと
ゆっくりと朝寝かせてください、
と、
そう願うちっぽけな私はどう頑張っても繭を作ることは出来ない。
繭の中は真っ暗なんだろうか?
関係無いが、「そらまめくんのベッド」という絵本がある。
そらまめを剥くたびにあのふかふかのベッドが気持ち良さそうだな、と、
そう思っていた私は
先日あの殻の内側のほわほわしたのを指でぎゅっと触ったが、
予想外に水分を含んでいてじっとりした感じがして
あまりその上に寝たいとは思えなかった。
繭は?
どうなのだろうか。