Polydor Japan MG 9801/9 9LP 1973
1972年の9月10〜18日に掛けてウィーンフィルと共に一気呵成に収録した曲目に、この「英雄」交響曲も在る訳だが、御存知の通り再録音である。旧盤であるベルリンフィルの演奏は、正に全盛期の巨匠を満喫出来るのだが、あまりにも求心性の高い演奏に少々息苦しさを感じるのも確かだ。その点でウィーンフィルとのものは、楽団の特性が良い意味での調和をしており、巨匠特有の硬質な音楽を和らげる傾向に在るので「こちらの方が聴きやすい。」と思う人も居る事だろう。それには私も賛成だ。さて演奏だが、冒頭2音の全く力まないアタックからそうだが、自然体の音楽が何事も無く流れていく印象がある。そんな感じなので、然程質実剛健な巨匠の音楽性すらも解消されている。そこに物足りなさを覚えるかが評価の分れ目だろう。テンポは意外と速めに聴こえる。巨匠らしいのは構成的な解釈が此処でも徹底している点だろう。だが各主題の描き分けは適切で、それも壷を押さえているので意外とメリハリも出ている。展開部が特にそうだが、管楽器の扱いにしても音を割る程の強奏もなく穏やかである。旧盤との違いは、そんな処だ。もし集中度の点で不満が在れば、ベルリンフィルとのレコードでも聴けば良い。終止部に向けての追い込みは爽快だ。第2楽章は、何と言うのか「余裕」なんてものが感じられる。当然、音楽の奥行きも深く、全体の見通しも良い、それに音楽が巨匠の頑固たる造型の中で揺ぎ無く進行するので安定感が在る。ウィーンフィルは相変わらず美しい。此処でもイザと言う時の壷は決まっている。オケのたっぷりとした響きも壮大で、これこそ年輪なのかと思う。そんな感じなので、寧ろ巨匠らしさが出ているのはスケルツォでは無かろうか?この楽章で聴かせる自在さは申し分ない程に音楽が弾んでおりトリオとの対比も説明調に成らずに自然と音で解らせてくれる。勿論、ウィンナ・ホルンの音も美しい。終楽章は快調だ。やっと脂が乗ったと言う感じがする。ひとつひとつの主題を乗り越える事に音楽に広がりと活力が満ちてくる。重厚な変奏も見事だ。だからと言って別に変わった事をしている訳では無い。中盤で一息ついた後のオーボエのソロに哀愁が漂う。それから徐々に音楽が力強く英雄を語り苦悩から得た栄光を称える様に音楽は幕を閉める。聴いていると定番中の定番みたいな演奏だった。つまり「ベートーヴェンの「英雄」を聴くのならどうぞ!」てな感覚である。その点では極めて標準値に近い演奏と言う事だ。だが品位は高水準である。

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