Polydor Japan MG 9801/9 9LP 1973
巨匠が、レコード録音で、ベートーヴェンを取り上げているのは、ザクセン・シュターツカペレの音楽監督時代に遡るが、類型的に録音を開始したのは、1970年から独.DGGが、ウイーンフィルと契約を結んでからである。つまりこの全集だ。確かにファンの間でも、この全集については賛否在り、所謂、全盛期が終わった頃からのものなので、楽曲に対する求心性と推進力に衰えが散乱しているのも事実であり、モーツァルトの全集とベートーヴェンが逆だったら良いのにと愚痴みたいな意見も現在に至ってもある。収録は、5番と9番が、1970年の4月25から30日の間に行われている。録音会場は、この2曲だけ何故かジメリンガー・ホーフとなっている。さて5番を久々に聴いてみたが、実に律儀なベートーヴェンである。例の格言動機の取り扱いも明快である。そして安定している演奏との印象が在るが、この第1楽章を聴いている感想では、嘗てのベルリンフィルとのモノラル盤と比べ全体のタッチが柔らかいと言おうか、さらりと振った感じで、とても軽いように思える。確かに巨匠にとっては何度も振った曲なので慣れで振っている処も否定出来ないだろうとも思うが、その代わり造型に関して言えば、いつもの如く質実剛健なので、やっぱり安定度が高い。そして第2楽章は、流石に風格豊かに進められ、初演時にこの曲が、勝利や皇帝の異名を取った事が蘇る程の名演である。それにしてもウィーンフィルの音色は、貴族的と言おうか、品格が在り、巨匠との音楽性に最も合致した楽団である事も解る。此処でも力瘤を感じない適度に力を抜いた巨匠の余裕みたいなものを感じる。しかし求心性の強い実演からは、別人みたいでもある。さて第3楽章である。此処でも別に特別な事をやっている訳ではない。所謂、スタンダードの王道を行く演奏だ。テンポは幾分遅めなので木管の音の動きや色彩感が興味深く聴ける。足取りを踏み締めるよりも散歩をのんびり楽しんでいるイメージもある。だから終楽章も突進性は薄く物足りないと言う人も居るだろう。進行も終始落ち着いている。それでも後半に向かうと音楽が徐々に膨れ上がり巨大に成って行くのは物凄い。終始部も申し分なく、目の前に現れた巨大な造型に驚嘆する。これも旧盤が窮屈に感じられる人には御薦めの演奏。


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