Polydor Japan 45MG0484/6 (独.DG.2740 268)
これは当初、新しいモーツァルトの交響曲全集として企画をされたものらしいが、それは巨匠自身も1981年8月20日発行のドイツ「シュテルン」誌のインタヴューでも「もう一度、私の健康が回復するような事でもあれば、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と一緒にモーツァルトの46の交響曲をレコード化したいと思っております。」と述べているので、それなりの気があったと思う。そこでインタヴューアのフェーリクス・シュミット氏が「途方もない目論見ですね。」と驚くと、「はい、歳を取れば色々とやってみたい事が尽きないものなのですよ。」と切り返されるオチまであった。それで残念ながらステレオ録音によるそれは、レコードにして3枚しか残らなかったが、これも今にして思えば、「巨匠の遺言みたいなものなのかな?」と改めて思ってしまう。しかしながら独.DGGも、もう少し早く企画が挙がったならと残念でもある。曲は、交響曲第38番ニ長調.K.504「プラハ」と第39変ホ長調.K.543 の2曲である。収録は、1979年3月10〜12日にウィーン・ムジークフェラインザールで行なわれたものだ。その2曲共に旧録もあるので比較するのも良いが、敢えて言えば基本的な解釈は変わらない。だが内容は異なる。それは求心力に差があるのだが、その点で物足りない巨匠のファンも居る事だろう。とは言うものの第38番「プラハ」に至っては、最初の英.DECCAのものと独.DGGのベルリン・フィルによるものと、この晩年の演奏を聴き比べても相変らずの質実剛健で、ずいぶんモーツァルトの演奏にしては険しいなと思ってしまう。つまり辛口の演奏なのだが、確かに冒頭の和音がベートーヴェンの第2番の交響曲を連想させる程に逞しいのだから、それこそ巨匠の特徴なんだと感心をするしかない。此処から演奏を紹介をするが、これは程度の問題かも知れぬが、第1楽章は、導入部が意外と軽い。とは言え整然とした趣なのだが、全盛期にDECCAで同じ楽団で録音した演奏やベルリン・フィルの演奏よりは要するに厳しさが消えているのだ。表情も柔らかいので尚更だが、確かにウィーン・フィルとて、バリリやボスコフスキーの時とヘッツェルとかキュッヘルがコンサートマスターの頃と比べるのが無茶だろう。それからアレグロ主題に移るとテンポは早くもないのだが、滑り出しが快調なので聴いていても気分が良い。全体に落着いた演奏だが、再現部も、その流れで自然に展開部との展開が、とても爽やかな印象なので沸き立つ感情も若々しい。終始部も軽く駆け抜ける。疾走するような色彩感も素晴らしい。第2楽章は、アンダンテだが、これぞウィーン・フィルと言いたくなる程の美演である。各主題事の明暗も程好いので平坦ではないのが巨匠らしい。それなりに深いので、もちろん奥行きもある。第3楽章は終楽章だが、とても落ち着いたテンポが重たいと批評をする人は、カール・ベームと言う指揮者が終楽章に対して、どんな見解で構成を考えているのかを理解していない。実はプレストやアレグロだとの指定があっても気分だけで突っ走る事がないのが巨匠の特徴で、それこそ適正なプレストやアレグロで楽章の構成を明らかにしている。なので聴いているだけでも説明調ではないので、それだけで理解が出来る演奏なのだ。質実剛健なのも巨匠の場合は伊達ではないのだ。次は、39番である。これは作曲家が、どれだけフリーメイソンとの繋がりが深いかを示す楽曲ながら、それはさておき演奏の感想を述べよう。第1楽章は、序奏から荘厳な印象を受けるが、それであってこそ、「この交響曲なのかな?」と思わせる説得力がある。同時にとても男性的な演奏であり、此処でも質実剛健な巨匠の特色が聴き取れる。だが主部は実演で同じ曲を聴いた人からは、とても重たい演奏に聴こえるだろう。巨匠は同作曲家の後期3大交響曲を晩年でもベルリン・フィルやウィーン・フィルと演奏の機会がある事から、NHK・FMでも放送をされた事から聴く機会もあったのだが、アレグロが、もう少し快適であったらと思ってしまっても、それは仕方がない事かも知れない。だがこのレコードを始めて聴いた人ならば、こう言う曲なのだろうと納得してしまう説得力はある。また当たり前の事で申し訳ないのだが、第2楽章を聴いていると「嗚呼、アンダンテだ。」と呟いてしまう適切なテンポ感がある。此処でも巨匠は、骨格のしっかりとした肉付きの良い演奏を聴かせる。だが禁欲的なので印象は寧ろあっさりとしている。とは言えフォルテで入る第2主題の衝動的な美しさは何度聴いても心に残る。終始部も適度だが柔らかく締める。第3楽章は、ベルリン・フィルとの演奏が、あまりにも重たすぎたので、この位で充分だと思う。聴いているとウィーン・フィルの音色が、巨匠の重さを上手い具合にカヴァーしている。トリオの素朴な優雅さも良いと思う。終楽章もいつもの巨匠で、急がず焦らずなのが良い。そして適度に力が抜けている。重量感も然りだが、表情も終始暖かく、巨匠の人柄を感じてしまう。終始部も駆け抜けないので安心して最後まで聴いていられる。

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