ここにいること

2011/3/24 | 投稿者: Maysico

「ここにいること」
私の盟友、山田直子ちゃんのオリジナル曲のタイトルだ。

私は福岡出身で、18歳で自らの意思で上京し東京に住み続けている人間のひとりだ。
それ以来地元とはほぼ疎遠だったが、数年前、偶然のきっかけで”地元との再会”を果たし、以来、良い関係を保って行き来している。
そんなこともあって、逆にいつか福岡に住んで東京と行き来するような生活になればなって
思うようになり、それに向けて仕事の種を撒いたりしてきた。
ちょっとしたホームシックというヤツですな。
私も人間ということで。
考えてみれば福岡にいてもダメだって思った人間がですよ、勝手な思惑だよね。

しかし、、、努力すればするほど地元で音楽の仕事をすることの現実を知り、
何よりの決定打は、「ここはアナタのいる場所ではない、自分の場所に帰りなさい」と言われたことだった。
言われたからどうのこうのではないけれど、かっこよく言えば許してもらえなかった、みたいなね。
自分はまだまだ何者にもなれていないけれど、そう言ってもらえたことに案外(笑)驚いた。
そっか、私ってそういうことかって。

その後アルバムを作り、厳しい音楽の時代を右往左往しながら、何とか今日まで生きてきた、なんて感じだ。
相変わらず、まだまだ何者にもなれていないけど。

地震、そして原発事故以来、被災された東北とは違う形で、東京の人たちは右往左往していると思う。
実際の被害は少ない、というのに、精神的な意味で。
私の仕事も少なからず、いやタイミングの問題もあったが、頑張ってとった仕事もキャンセルが続いた。
せっかくとったのに、そしてキャンセルされる仕事は収入の大きなアテだったりする・・・
困った!!う〜ん、どうしよう。
数日間さすがにこれからどうしよう、って思った。
しかしTVから流れてくる信じられないくらいの光景を目の当たりにするにつれ、不思議にある覚悟みたいなものが自分の中にできてきた。

ゆっくりいこう、もう一回建て直そうって。

しかしそんな思いのおかげで!日用品や乾電池、ろうそく、といったものを買いはぐれ、ずいぶん不自由な思いもしているのだが、今さら懐中電灯も乾電池もなかなかないし、だいいち何とかなっているのだからと、もう、買う意志さえなくなった。
相変わらず非常用の持ち出し袋なんてものもない。

大気の放射能汚染、昨日は命の糧である水の汚染、など、
首都圏は普通に生活できなくなるのでは、という事態と報道が日々続く。
過信してはいけないが、私は不思議なくらいまったく心配していない。
”ダイジョウブ”
こういうときに引用しては我がオヤジに申し訳ないが、
病気の父親を抱えて、今さらどこに逃げようってんだ!
もし放射能を浴び続けて、病気になって死に至ることになっても、まあそれも運命かな。
本気でそう思っている。
本当に戒厳令でも出たら、その時は考えるけれど多分動かないだろうな。

思えば、自分の意志で故郷を離れてきた人間なのだ。
今さらどこに行くっていうのか。
ここにいることのために上京してきたはず。
それに気づいてから何だかとても心がクリアになった。
あの日、自分の場所に帰りなさいと言われ、退路を断たれたことに、今ほど感謝しているときはない。

福岡で暮らすのは、自分にやることがなくなったら。
年をとって本当に何もできなくなったら。
それさえ死ぬまで許してもらえなかったとしたら、それはとても幸せなことだろうと思う。





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