かたちあるものの価値(楽器)

2020/8/17 | 投稿者: Maysico


かたちあるものとして作られたものを私は簡単に捨てることができない。
きっとケチでひねくれものなのだろう。
ある物体が活躍する時間があまりに短かったりすると、『ごめんね』と言ってしまう。
食品を包む外袋さえそうだし、ましてやぬいぐるみなどとてもとても捨てられない。
我が家には優しかった亡き父が拾ってきたり、かつて戴いたぬいぐるみたちが鎮座している。段ボールなどに入れっぱなしでは苦しいだろうと思うから。
これがさらに楽器となると、たとえどんなに安価なものであったとしてもなんとか有効に使いたい。常にそう考えている。

私にとって1万円は大金。
フリーランスで1万円を稼ぐこと、稼ぎ続けることがどれだけ大変かよくわかる。
教室を始めて約25年。
様々な生徒さんにご縁をいただいてきたが、おひとりおひとりそれぞれの事情を抱えながらも音楽を、サックスに挑戦しようとされるのだ。
物の価値が費用対効果だというおおよその前提は置いておいて。
それぞれのご事情にあわせて、一番良い方法は何かを考え提案することも個人教室ならではの大切な仕事だと思う。
その提案は、(大変だけれど)それでも無理をして良い楽器を買ってくださいもあり、ここだけはお金を遣いましょう、新品にこだわらず中古品で最適なものを見つけましょう、最初ですから安価だけれど充分使えるのでまずはこの機種でいきましょう、、とか。
既によくわからずに安価な初心者モデルを買ってしまわれた場合もある。それでもやはり2、3万円の出費をしている。
ご両親が一生懸命働いて、サックスをやりたいというお子さんに精一杯のプレゼントの2、3万円はどれだけ貴重なものか。
どう頑張ってもこれはちょっとね、の物もあるのかもしれないが、私はこれまでその状況にノーと言ったことはない。
それには、信頼するリペアの方の存在はかかせない。
安価な楽器の場合、リペア代のほうが高くつくからお断りされることもあるのだから。それも当然のことでもある。
どちらかというと、サックスにおいて昔のモデルはのりしろが多い作りになっている。
変な言い方だが、作りが完璧ではない。ホールとキーパッドのはまり具合も良い感じでおおらかなものも多いから、吹き手の実力が問われる部分もあると思う。
対して最近のものは、ホールにぴったりパッドがフィットする作りになっているから吹奏感の安定度は飛躍的に高まったように思う。
ただ、その分もしかしたら個性が発揮できにくくなってきたのか?と感じることもある。
クルマ等も同じなのかもしれない。親切、安全、使いやすい。

縁あって、教室に安価なモデルが回ってきた。
使わないから(全然使えないから)、という理由のようだ。
確かに最初に吹くにはそうかもしれない。
しかし全然吹ける。手を入れればまだまだ吹ける。
ちゃんと手を入れたら、体験レッスンにきてもらったり、しばしの最初の1台となっての役割も充分果たせるはず。
マウスピースやリードの組み合わせを、吹き手の状態にあわせて見極めることももちろん重要な点だ。
いい楽器はそれはそれは素晴らしい。
自分が上手くなるにつれ、またいい音楽を、いい演奏を聴けば聴くほどそう思うだろう。
だが、いろいろな楽しみ方があっても良い。
特に今はコロナ禍、災害、様々なビハインドを乗り越えていくことが、多くの方々にとって大事なことでもある。
そんな中で、何か少しでもお役に立てるなら嬉しい。




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