2021/2/9

対価を支払うということ  いろいろ


新しいSNSが登場した。
「ブログっていうのをやってみませんか?
センセなら、文章を書くのは抵抗ないようだし、これからの時代の発信法ですよ。」
かつて、サックス教室の生徒さんに勧められ、ホームページまで作っていただいた。
それ以来細々とではあるが、今日まで続けている。
しかし私の筆力のなさもあって、時代と共に閲覧数は1桁いや2桁減ってしまった。
かろうじて目にしていただくきっかけも、ブログ自身の存在力ではなく、TwitterやFBというSNSに記事をリンクしているから。
それを忘れた回は...( ; ; )

さらに長引くコロナ禍。
様々な業態がITの世界、つまり動画やSNSを駆使しての活動になだれ込む。
今やあらゆる情報はITで入手でき、そしてその対価は無料。
大回りした見方で言えば、プロバイダ契約料や通信料を払ってはいるから、全く無料ではないけれど。
動画も基本無料。無料。無料。
そんな時登場した新しいSNS。
他者との交流やコミュニケーション、ビジネス、、新しいツールを否定などしない。
自分も多いに利用している。
一方でこうなってしまうと、何かに対する対価を支払うという経済の基本はどこに向かっているのだろう?
世界中がどうしようもない貧富の差に喘いでいるのに、経済の図式もそうなりつつあるのではないか。
対価を支払わなくてもよいに近い、ある社会の在り方を人間自身が作り、自らを苦しめていないか?
ITに限らず、便利になること、技術の革新は必要であり素晴らしいこと。
しかしそれが本当に人間生活の豊かさに繋がっているのだろうか?
一度経験したことを元に戻すことは至難の技。
無料でよいを有料にすることを大喜びする輩などいないだろう。
コロナ禍の改善と克服と共に、本当に今一度考え直すことが必要だと思う。





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