長期戦における尻上がりのチカラ

2021/9/18 | 投稿者: Maysico


やっぱりなかなか簡単にそうはさせてくれない様相になってきた。
大リーグのホームラン王争いは、ここにきて他のライバル達が大谷選手に並び、ついに突き放そうとさえしている。
まさに終盤。
アメリカの大リーガーの底力はとてつもない。

まだまだわからない。
大谷選手は新世代の若者であり、今はたまたまのスランプに過ぎないかもしれないが、そうではないのかもしれない。

『太平洋戦争 最後の証言』というシリーズ3巻をまもなく読破する。
毎度ながら、戦争における日本軍の無謀な計画、朝令暮改、精神論等々の一方で、全てがそうでなかったこともわかる。
何よりも、当時の戦争という形態においては、工業力、生産性に加え、物資の補給力という意味で、とうていアメリカにはかなわなかった。かなうわけもなかった。
だからこそ長期戦において、尻上がりに力の差を見せつけることになったのだ。
山本五十六の『半年くらいなら暴れてみせましょう』の言葉は、ある意味日本というものの特性を言い表しているのかもしれない。

大リーグというのは、その試合数の多さにおいても大変な長期戦だ。
ライバルに優勢に立たれても、自らを立て直すことができる時間もたっぷりある。
後塵を拝していた輩がジリジリと追いつき、気が付いたら横に並び、最後に追い抜いていくということも可能でもある。
もちろんそれには時間という資力だけでなく、そこに登場する人物たちの努力と実力があればこそ。

それにしても、海外の人たちの後半に見せる底力というものは何なのだろう。
グローバル化の時代、あらゆる分野で日本人がトップに立つことも珍しくなくなった。
ナニナニ人だから、という言い方は適切ではないだろう。
それでも尻上がりに調子をあげ、最後に目標を達成できるという気質というか、民族のDNAというか。
そういうものは、生まれ持ってだけのものではないはず。
子供の頃からの育ち方、見ているもの、感性の育み。
比較するなら、そこには差というものがあるのかもしれない。

しかし、その差を単純に埋めることが最優先事項なのか?
それも疑問にも思う。
民族にはそれぞれの特性がある。その国ならではの良さもたくさんある。
足りないところを埋める努力は必須だが、だからといってスタンダードに目標を定めることがいいことなのか?
その国らしさを大事にすることも忘れてはいけないのではないか。

話は飛躍してしまったが、大谷選手頑張れ!
どんな結果になってもこんなに実りある一年はないだろう。
あなたはまだ若い。
経験を生かして長い人生を尻上がりのチカラで生きてほしい!

タグ: 大谷翔平



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