イルカもアシカもアザラシも

2021/10/1 | 投稿者: Maysico


ものごとにいつか終わりはあるけれど、この数年、閉園、閉店、取り壊しが相次ぐ。
特に時代と共に生きる遊興施設は、時代の流れとともにその役目を終えるのは必然なのかもしれない。
そんな中、油壷マリンパークが閉園した。
私はこの場所に思い出はないけれど、切ない気持ちでいっぱいだ。

そもそもどこかから人間の勝手で連れてこられた動物たち。
その後、子孫を残して今日までその場所で生きてきた動物たち。
名前をつけて人間と密なコミュニケーションをとる動物たちもいれば、無数のNo nameの魚たちもたくさんいる。

私はガキなので、動物たちにも人間のような感情があると信じている。
閉園にあたっては、例えばおともだちのイルカやアシカやアザラシたちはみんな同じところに引き取られていくのだろうか?
家族が引き裂かれることはないのだろうか?
どの道、自分たちの意思ではなく住み慣れた我が家を引っ越さねばならない。
大好きだった飼育員さんもいるだろうが、やむなくお別れ。
魚たちだってきっとそうに違いない。
どこに連れていかれるのか不安に違いない。
彼らはとっくに野生ではない。
人間の勝手で連れてこられ、人間の勝手な幕引きに巻き込まれてしまう。
せめて最後まで終の棲家で幸せでいさせてほしい。

老朽化ということば。
どのくらいの年月をそう定義づけるのだろう。
ヨーロッパの住宅は、100年くらいでも「新しい」家だったりするのに。
老朽化によって、安全性が損なわれるようではいけない。
が、老朽化は時代遅れの別の言い方か?はたまた美化か?
時代に遅れれば、人は興味をなくし、忘れていく...
ほんとうにそうなのだろうか?
一方で忘れないこと、繰り返される何かもきっとあるはず。
楽器を弾いたり歌ったり。太古の昔から何も変わらない。
これを時代遅れとは言わない。
映画を観ることもそう。
繰り返される何かが、存在し続ける何かが必ずあるはず。

何もかも人間の都合。
SDGsの時代にはなったけれど、人はもっと謙虚に生きることを思い出したほうがいい。
なぜか浮かんだこの曲と共に、そんなことを思った10月の始まり。






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