横文字の名づけを考える

2022/4/29 | 投稿者: Maysico


出生率は過去最低、人口は確実に減り続けているのに、マンション、タワーマンションの新規建設は加速しているようだ。
2010年、麻布十番、赤羽橋エリアに教室を移動してから12年。
いったいどれだけの建築物が増えたことか。
東京タワーが見えた方向には、タワーマンションが2棟。
最終的には5棟ものタワーマンションに囲まれてしまいそうだ。
ということは、所在地にこれらの建築物の名まえが記されてゆくわけだ。

ふと考える。
いったいいつから日本語の名づけをしなくなったのだろう。
集合住宅には、横文字をつけなくてはいけないという約束事があるのだろうか。
僭越ながら、その名づけに愛はあるのか。
ステイタス、スタイリッシュ、ゴージャス。ああ全て横文字!
イメージ最優先。
売らなくてはいけないから、商品の名づけは大事な戦略である。
よくわかっている。よーくわかっている。
ここは日本だから日本語でやれと思っているわけではない。
グローバル化社会だから、特に英語は必須だという時代。
それもそうだろう。
また些細な事にこだわって...と笑われることもわかっている。
だが、ここまで横文字の求心力が強いことに恐ろしさも感じる。
いったい何がグローバル化なのだろうとつい首をひねってしまう。

日本語は美しい。表現力も繊細。
例えば、かつての日本の町名がどれだけ陰影、光彩に満ち美しかったか。
例えば、雨が降るさま、晴れの日のさまを現わす言葉の多様性。
忘れてしまったことを思い出すことは難しい。
破壊してしまったことを建て直すことは難しい。

例えば、世界のどんな国々も、少数民族も。
皆、自分たちの言葉に愛と誇りを持っているだろうし、そうであって欲しい。
そしてその文化をお互いに認めあう。
グローバル化は標準化することとは違うのではないか。

教室に向かう道すがら、この混乱の時代、”そういうこと”を大切にしたいと思ったのだった。




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