2008/6/8

気の利いたタイトルが思い浮かばないので仮に“無題”  電波ゆんゆん
VRM界が「動画」へ移行することは、常々感じる(号という壁)と言うか簡素化出来るメリット「部分的にカット編集」小生のようにバカ正直「フルレイアウト公開」はこれからは敬遠されるかもしれませんね

に違和感を覚えたので。

第一に“VRM界が「動画」へ移行する”というのは、本当にそうなのか、という点。第二に“「フルレイアウト公開」はこれから敬遠される”というのは、そもそも何を意味しているのか、そして本当にそうなのか、という点。結論から言うと、ボク的にはどちらも否。

まずは動画の話ですけども、ネットVRMユーザーが自身のVRM関連の活動を見せる手法は、結構多岐に渡ってます。大雑把に整理すると…

・VRMレイアウトファイルを公開する。
・VRMレイアウトを撮影したスクリーンショットを公開する。
・VRMレイアウトを撮影した動画を公開する。
・VRMで使える素材(リソース、テクスチャ)を公開する。
・VRMレイアウトの作り方を例示するコンテンツを公開する。
・VRMのテクニックを解説するコンテンツを公開する。
・I.MAGiCを批評する、あるいは非難する。

みたいな感じでしょうか。で、この中で、最大勢力(それを手がける人が一番多い、という意味で)なのは、実は「VRMレイアウトファイルを公開する」なんですね。ウソだと思うなら、fox-material-pavilionに行ってください。人数もレイアウト数も凄いでしょ?

これに対し、VRM動画は、無論ボクがやり始めた頃(2003年7月)よりは増えてはいますが、今なお限られた人がやっているだけで、しかも、ボクを除くほとんどの人は継続性がないです。


確かに、アップデータ4.0.9.5で追加されたモーションパスは、VRM動画を作るのにも使えます。が、長くVRM動画を作り続けてきたボクの立場からすると、編集作業が必然的に伴われる動画作りにおいては、必ずしもモーションパスのような完全自動化は必要がなくて、モーションパスが実現するカメラワークの大半は、従来のカメラ列車等のテクニックで実現できてしまいます。もちろん、モーションパスでなければ出来ないこと(視点移動しつつ列車を追尾する等)はありますが、これは逆も然りで、たとえばモーションパスは視点速度が一定になるため、カメラ列車の完全な代替になりません。

むしろ、モーションパスは、同じVRM環境を持ってさえいれば、レイアウト作者の意図した“レイアウトの見方”が、ダウンロードしたユーザーの手元で100%再現される、という点において、公開レイアウト向きの機能なのではないか(使いこなせる人がいるかどうかは捨て置く)とボクは考えています。

余談ですが、ボクがモーションパス登場以来、その機能に一切言及していないのは、単に使う理由がなかった(モーションパスでないと不可能なカメラワークを含む作品については、7月以降の作業リストに並んでいる)からで、他意はないです、念のため。

第二に、フルレイアウト公開が敬遠される、のくだりですけども、漆黒氏の発言には主語がないので=氏の意図が、ネットVRMユーザーが自作レイアウトを公開することを敬遠する/一般的なVRMユーザーが公開レイアウトをダウンロードすることを敬遠する、のどちらにあるのか不明瞭なので、議論を収束させにくいんですけれども、大雑把に言えば、より多くのパッケージを使って作られたVRMレイアウトほど、他の人に楽しんでもらう=感想や賞賛を得ることは難しい、というのは、VRM3期の半ばには既に顕在化していた問題であって、モーションパス機能やVRM動画の興隆とは直接は関係がない、とボクは思います。

不躾ながら、要するに漆黒氏の不満(と敢えて言いますが)とされるところは「VRMの王道たるVRMレイアウト公開に注目が集まらず、VRMそれ自体のテクニックでは必ずしも優れていないVRM動画が注目されるのはけしからん!」ということなのではないか(無論、氏自身が表現されれば、もっと穏便な言葉になると思いますが)と思うワケです。

が、定量的にコレを鑑みるに、以前からも申し上げておることですが、とれたてVRMでピックアップされるVRM系コンテンツは、第一に流麗なレイアウトから取得されたスクリーンショットであり、続いて、その実現方法について述べたテクニック記事と、後はVRMとしては非本質的な飛び道具を使った目立ちたがり屋さん(ボクも含めて)のコンテンツです。

確かに、VRMレイアウトの公開を告知するコンテンツがとれたてでピックアップされることは稀ではあるのですが、これは結局、ほとんどのVRMユーザーが全パッケージを揃えてはいないので“自分が見れないものは評価できない”という原則が貫かれているだけなのではないか、とか。いや、ボクとしては「オレが持ってないパッケージを使ったレイアウトを公開するヤツは[死ねばいいのに]」みたいなタグを付ける人がいないだけネットVRM界隈はまとも、と言うか、外連味に欠けるなぁ、とか思うんですけども。

まぁ、だから何だ、と言うワケではないんですが。

優れた仕事さえしていれば認められて当然、というのは理想ではあるんですけども、実際は、それを見る側に優れた仕事を理解するだけの知性・教養・設備・時間を自明のものとして要求してしまっているワケで、そして、思っているほど知性・教養・設備・時間を十全に備えた人ってのはいないんですよ。

なので、理解や共感や賞賛を己の糧とすべく、レイアウトファイル公開に限らず何某かの表現を公におこなう者には、アホで愚かで貧しくて忙しい人にも自身の発する何かが届くよう努力し続ける義務が、必然的に課せられてしまうワケです。この義務から生じるプレッシャーを、自分ではない何者かの悪意や怠慢に転嫁してしまいますと、これは暗黒面の入り口ですから注意が必要です。
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