2007/1/28

スルーされるのがオチとは思うが、火種を放り込んでみる  電波ゆんゆん
コレの続き。

想像がつくと思うが、キツい話になるので、平静を保つ自信のない人は読まないことをお奨めする。と断りを入れても、好奇心に負けて読んで、ショックを受ける人は受けるんだろうけども。


ボクは今、30代半ばだが(そういう意味で、一人称が「ボク」ってのもどうかと思うが、これは故意の演出なので気にしない方向で)この歳まで生きてきて何に驚いているかと言えば、猫も杓子もインターネットで世界へ向けて情報発信するようになったことに一番驚いている。少なくとも、子どもの頃には想像もしなかったことだ。

我らがネットVRM界隈もそれがベースにあって成り立っているワケだが、考えてみれば、ボクのように、汲めど尽くせぬほどネタが湧いて脳味噌が沸騰しちまいそーで、毎日こんだけ吐いてもまだ後がつかえて困ってる、なんて人はそうはいないはずで(これは“躁”という立派な病気である)真っ当な人間がインターネットへ向けて常時何かを発信せねばならぬ、といった強迫観念に取り憑かれると、早晩ネタが尽きるに決まっている。しかし、ネタを出さねばならぬ。ないネタを出さねばならんのだ。

では、どうするか。

自分でネタが作れないなら、他人のネタを持って来ればいい。幸いにして電脳は何事にもコピー&ペーストな道具であるからして、誰かの成果物を掠め取って来るのはいとも簡単なことである。まぁ、法に触れることは論外として(これさえも判断のつかない人がいるようだが捨て置く)そもそも大半の人にとって情報発信を続ける理由はただひとつ、他の人から良く思われるため、であろうから、他人のネタを勝手に取って来て「パクリ」呼ばわりされてしまうのは本末転倒である。本当はパクリたいんだけども、パクれない。だからこそ、パクりは嫌われる。あっはっはー。

では、どうするか。

「パクリ」呼ばわりされずに他人の成果物を使う最も容易な方法は「募集」である。オレがパクったんじゃない、アイツが使ってくれと言ったんだ、みたいな。万事何事も、自分では背負い込まずに他人に責任をおっ被せるのは、失われた10年以降のお約束。だから流行る。しかし、皆が皆「募集」を叫んだら、誰がネタを作るんだ。一億(もVRMユーザーはいないが)皆募集募集で共倒れだ。

共倒れだけならまだいい。

募集にも功罪があって、功としては、たとえばfox氏のレイアウト代理公開がわかりやすいが、これは自前でVRMレイアウトファイルのネット公開が出来ない人(は、本質的には存在しないはずだが、この問題は捨て置く)の利益になっている。それはそれでいい。

問題、すなわち罪の部分は、ボクのように見境無く好意を振りまきつつ罠を張ってドツボにハメたり、逆にいつか寝首をかかれるのが楽しみでしかたがない、といったような、殺伐とした人間関係を滅法好む狂人はともかくとして、大抵の普通の感性の人にとっては、この「ネタを創る」と「ネタの発表の場を提供する」の利益相殺に過ぎない関係が、そのまま人間関係に延長されることが多い点だ。

「あの人は、あそこの募集には応じたが、オレの募集には応じない、嫌われているのか?」みたいな疑心暗鬼が大なり小なり生じることもあろう。そもそも募集をおこなっていることが周知されているか否かすらわからないのに、自分は総スカンを喰らっているものと思い込んで自滅することもあろう。逆に、大っぴらに募集してしまって、下手におかしなモノで応募されたら、人間関係を壊すのが怖くて断れない、というジレンマも発生するだろう。みんな、そういうの、考えてる?

これは断言してしまっていいと思うが、募集が安易なメソッドに思えるのは錯覚である。募集、厳密に言えば、インターネットに向けて範囲無限定で呼びかける「公募」は、リスキーな諸刃の剣で、とても“素人”にはお奨めできない。

されど、である。

ネタを出さねならぬ。ネタを出さねばならぬ。なんとしても、ネタは出さねばならんので御座いましょう。

じゃ、自分で取りに行きなさいよ、と。皆が募集募集と口を開けて待つ横着者ばかりであるならば、まず、あなたは自ら他者の領域を訪ねて「あなたのネタを使わせてください」と許可を求めるべきなのだ。現時点で再利用可能な形で存在していないのであれば「それ、ちょうだい。適当に加工して配布するから。」とお願いすべきなのだ。他人にネタを乞うのに何を恥じることがあろうか。横着にも口を開けて待つことこそ、最大の恥辱。武士の風上にも置けぬ、いや、武士じゃねーけど。

もちろん、相手とて、あなたが相手の成果物をそのまま丸々コピーするのであれば、ウンとは言うまい。いや、ボクは別に構わんけど、普通の人は嫌がるでしょうね、なんでか知らんけど。なら、独自に+αの、ネタ元だけでは出来ない何かを味付けをすればいい。難しくなんかない。っつーか、みんなやってるじゃん、見事に。

コレなんかは、本来はネットVRMユーザー各自のweb/blogに点在していて一堂に会すことのないスクリーンショットを、部門毎の切り口で集約して、別の観点で見ましょう、と、そういう企画じゃないのかね、と。コレなんかは、本来は幾多のレイアウトに埋もれているテクスチャ資源を、再利用しやすいように集約しましょう、と、そういう企画じゃないのかね、と。

どちらも、ネタ元が発した情報が、より広く活用されるためにやってるんですよね、と。モノによっては、実は誰も欲していなくてまったく活用されないかも知れないけども、それでも、同じネタであっても新しい切り口を与えれば、その活用方法を見つける人が現れるかも知れないですよね、と。つまり、これはパクリでも何でもなくて、まさに新しい価値の創出なんですよ。

それをね。

募集募集と口を開けて待ってたんじゃ、傍から見たら「他人にネタを作らせて、楽して自分だけいい格好しようとしてる」ようにしか見えないです。いや、本音がどうかは知らないよ。あなたは善意の塊なのかも知れないし、そうではないのかも知れない。でも現に、どれも長続きしないってことは、そう見られてるってこと。そして、これをネットVRM界隈の外部から観察すれば、非常に間抜けな光景だってことに、そろそろ気付こう。

折角、それぞれ着眼点はいいのに、どうしてみんな、最も肝心なところで手を抜くのか。躁でエキセントリックでサイケデリックでノンストップなボクには、まったくもって理解できないワケですよ。誰か教えてプリーズ!

*     *     *

以上、好き勝手放言してみたワケですが。

異論反論は多いに結構。故意に“突っ込み口”を開けていることに、気付く人は気付くでしょう。ただし、これに対してメソメソ自己批判するような人には喝を入れるので。んな暇で動け。

ボクは諸君らの怠惰や無知に立腹しているのではなく、埋もれたポテンシャルを惜しんでいるのだ、ということを忘れないように。諸君は、本当はもっともっともっと凄いことが出来るのだ。イヤッッホォォォオオォオウ!
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