○天理教よふぼくの集い●

僕は、小さい頃から足が不自由で様々な神様や仏様におすがりしてきましたが、四年くらい前(2006年11月時点より)にもうない命(人生に絶望して、いつ死のうかという毎日でした)を天理教の神様に救けていただきました。その御礼をこめて、毎日のひのきしんとしてこのブログを書かせていただいています。自分自身の体験談や、お道の御教え(三原典)をもとにした日々の心づかいなどを練り合いさせていただきましょう!!(^o^)

 

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投稿者:さな
え〜と、初代と言えばそんなようなものですが・・。
正確にはちょっと違うんですよね。

うちは元々、ひいばあちゃんからの信仰で。
おじいちゃん、お母さんと、細々と続いていました。
一応、昔から、形だけは布教所なんですよ。
母も形のみようぼくでしたし。
でも、そんなことを言うくらいの信仰で。

私が、違う系統の方に、
路上で声を掛けられたのをきっかけに、
もう一度信仰が始まったという感じです。

まわりの人には、なかなか理解はしてもらえませんよね。
でも、「ひとがなにごといおうとも かみがみているきをしづめ」です。
時間が経ったらきっと分かってもらえる日がきます。

ともにガンバリましょう!!
投稿者:ひろ
さなさん、コメントありがとうございます!!m(__)m

そうだったんですか〜!、では、さなさんも初代ということなんですか?

そういう意味においては、僕の場合は、なんとかして兄に理解してもらえるように心を低く低くさせていただくことが大事なことだと思っています。

親類や近所の方々については、お道の信仰と自己破産のことと、なんでもっとしっかり仕事をしないのだ!と厳しく言われます。

これもやはり、『たんのう』の実践をさせていただいているのだと思わせていただいています!!
投稿者:さな
そうですね。
限りなく遠く、不可能みたいに思うときの方が多いかもしれません。
でも、最近嬉しいなと思うのは。
昔、私の母は、私が熱心に信仰することに反対していました。
「オウムと一緒だ」とか、
「裁判所に訴えてやる」とまで言われたこともあります。
でも、少しずつ母も神様にお導きいただき、
修養科も出て、ちょっとずつですが、
お互いに神様の話が出来るようになってきました。
最近は「においがけでこんな人にあったよ」などと聞かせてくれます。
昔のことを思うと夢のようです。
うちの教会の教勢は、思うようには伸びませんが、
違うところでちゃんと神様は受取っていてくださるんだなあと思います。
だから、果てしなく、無駄なように思えても、
きっと何一つ無駄ではないですよ☆

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