○天理教よふぼくの集い●

僕は、小さい頃から足が不自由で様々な神様や仏様におすがりしてきましたが、四年くらい前(2006年11月時点より)にもうない命(人生に絶望して、いつ死のうかという毎日でした)を天理教の神様に救けていただきました。その御礼をこめて、毎日のひのきしんとしてこのブログを書かせていただいています。自分自身の体験談や、お道の御教え(三原典)をもとにした日々の心づかいなどを練り合いさせていただきましょう!!(^o^)

 

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投稿者:ひろ
優さん、いつもコメントありがとうございます!!
m(__)m

世間では、“因縁(いんねん)”の話をすると嫌がる人が多いですが、お道の中の人でも嫌がる人もおられます。
しかし、“因縁(いんねん)”をしっかり理解できないと、お道の御教えそのものが正しく理解できないということになります。
僕は、“天の理”が即ち“因縁(いんねん)”の道理であるとさえ思っています。
つまり、「善いことをすれば善い結果が生じ、悪いことをすれば悪い結果が生じる」ということで、魂は生き通しゆえに何生もの生まれ更わりの中での心づかいが、今生での“因縁(いんねん)”となっているということなのです。

お道(天理教)の御教えは、自分自身の因縁をしっかり自覚し、一日でも早く“ほこり”の心づかいを“さんげ”させていただき、その“ほこり”をはらい、『澄み切った清水のような心』に切り替えさせていただくための教えなのだと思います。

また、因縁の自覚については、僕のブログを始めからずっと読んでいただくと理解していただくことができるかもしれません。
投稿者:優
おっしゃるとおりです。まだ、振り回されているとしか受け取れない未熟者です。言い換えると、やっと気づけたばかりといったところでしょうか。ただ、いんねんという悟りがお道にあることが、どれだけありがたいことでしょう。前向きに歩むために、私には大切な教えであることには間違いはありません。
神様に出会えた事を心の底から感謝の毎日であります。

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