鍋屋町風信

 
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投稿者:tera-toy
調べてみると面白いですね。
以下は「まじま眼科」のHPからの引用です。
http://www.majima.or.jp/fujigaoka/history.htm
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尾張国海東郡馬島村(現在の愛知県海部郡大治町)の医王山薬師寺・蔵南坊の住職は代々、眼科医として活躍した。13代目にあたる慶法院は寛永9年(1632年)、後水尾天皇の息女、三の宮の眼病を治療し、「明眼院(みょうげんいん)」の寺号を賜った。
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ネットでは「眼科 明眼院」(名古屋市中川区)、「まじま眼科」(名古屋市名東区)、「馬嶋眼科医院」(尾張旭市東栄町)が見つかりました。
この内、「まじま眼科」と「馬嶋眼科医院」のHPの内容は全く同じなので、近い関係かも知れません。
投稿者:motoko
こんばんは。再びすみません。名前を間違えていました。室町時代の方は馬嶋考眼ではなく馬嶋清眼でした。^^;何代前の方に当たるか分かりませんがすごい家系ですね。
投稿者:motoko
こんばんは。詳しく教えて下さり、ありがとうございます。大治町で検索してみましたら、馬嶋という地名があるのですね。馬嶋考眼は室町時代の眼科医とあり、ビックリしました。その時代どんな治療をされていたのでしょうね。
投稿者:tera-toy
馬嶋考眼は先祖伝来の地(現・大治町)から名古屋に出て、名古屋で開業しています。現在、愛知県を中心に活躍されている馬嶋姓の眼科医の多くは一族です。
投稿者:tera-toy
医家番付には馬島養的の他に、行司として宮町・馬嶋考眼の名があります。どちらも名前の上に菱形が付いていて、眼科医です。明治13年の番付にはヒサヤ・馬嶋考眼として載っています。
連休中にもう少し詳しく調べてみます。
投稿者:motoko
こんばんは。今日は、本当に気持ちのいいお天気でしたね。お祭りとウォーキングで充実した一日を過ごされたのですね。医家番付にある馬島というお名前は有名な眼科と関係があるのでしょうか?

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