カール・ベームの遺産






巨匠のディスコグラフィーを含むブログです。
追って試聴記を追記します。

巨匠の音楽に感銘を受けた思い出の在る方は、どうぞ御覧ください。


 

管理人の独り言


このblogは、2009年から始めたので、それなりだが、実はこれを始めた当時は、まだ巨匠(カール・ベーム)の残したレコードの事を類型的にまとめたものはなくて、それならばと始めたblogなのだが、現在では気が付くと、その手のblogはそれなりにある。時代も変わったものだと思うが、その頃のネットではどちらかと言うとblogを目録のような資料として使う事自体が稀で、然もマニアっぽい人がやっている専門的なものもあったのだが、この形式のものはあまりなかったと思う。その当時の小生は掲示板ばかりを利用していたので尚更だが、たった8年位の間でも「随分と変わるものだ」と関心をする。だから掲示板を運営していた事もあったのだが、そのうちにFacebookやらTwitterが発展をするのだから、掲示板なんぞ、無用の長物となっても時代の流れだ。そんなこんなで続けているblogだ。なので自身では割と最古のものだ。しかしながら古い録音ばかりを扱っているので、ある程度の更新をするとネタが見つかるまでは、更新がお休みとなるのは仕方がない。それに別に慌てる必要もない。だからマイペースだ。そして内容としても特定の指揮者を取り上げているので、些かの偏りがあるのも認める。だがファンだから開いたとの理由ではあっても、なるべく客観的に紹介をしようとは心掛けている。それは「痘痕も靨」みたいになると、結局ファンの為だけのblogになってしまい、そんな悪い処の傷を舐め合っても何にもならないからだ。それこそ新即仏主義の巨匠の演奏にも傷が付こうと言うものだ。そこで御勘弁願いたいと思っている事だが、確かに「なんでこの演奏が取り上げられないの?」てな状態にもなっている。ライヴ音源からのCD化も後から結構されているので尚更だろう。てな訳でのんびりとしたペースではあるが、まだまだこのblogは続ける気でいるので、閲覧をしている方には、気長に御付合い願えればと思う次第だ。管理人からの独り言である。時折あるコメントもありがたい。




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投稿者:ひまうま
毎度、閲覧を頂きありがとうございます。

御指摘のチャイコフスキーの特性ですが、確かに彼の楽曲には演歌っぽい処はあります。それは節回しですが、そこを表情豊かに歌おうとすると何故かコブシになる程に唸ってしまいます。それが効果的なのは、ヴァイオリン協奏曲なんですが、曲によっては、その方法論の方が生き生きしますね。

だけど逆効果なのがピアノ協奏曲です。小生はアノ大袈裟な曲の冒頭には、裸足で逃げ出す程に苦手です。

その代わり、バレエ音楽の場合は、ステップを読み取ろうとするので、リズムばかりを基調にして聞き取ろうとします。これが小生のチャイコフスキー観です。

さて巨匠のチャイコフスキーですが、此処でも譜面に忠実なのは素晴らしいと思います。それはスコア・リーディングをしながら聴けば解りますが、本当に譜面に書いてある事しかしません。

それで滔々と、こちらの記事では、巨匠がスコアに忠実な事を敢えて強調しましたが、此処でカラヤンと比べて演奏効果の事ばかりで批判をされても土俵が違う感じかしてなりません。

それと英国の交響楽団についてですが、どうして評価が低いのかが理解出来ません。確かにあのロイヤル・フィルでさえも米国の映画音楽で聴く事が出来ますが、「だからなんだ?」って感じがします。

ロイヤル・フィルと言えば、サージェントのレコードでもお馴染みですが、彼の振った品の良いスメタナの「我が祖国」の演奏は素晴らしく、英国流も満更ではないなと思います。

余談ですが、バーナード・ハーマン作曲指揮のコロムビア映画「アルゴ探検隊の大冒険」の演奏は堂々としており、これが米国オケなら荒くなっただろうなと思います。

つい熱弁を奮いましたが、そんな感じがします。

[補足]
小生もロンドン交響楽団への評価は不当に低いと感じております。
何れも廃番となってしまいましたが、アンダンテから出ておりました博士とザルツブルク音楽祭で共演した4枚組とBBC Musicから出ておりましたライヴ録音(1977年6月28日ロイヤル・フェスティバル・ホール)はどれも素晴らしいと思っております。
特に後者収録のブラームスの第2交響曲はとても完成度が高くウィーン・フィルやベルリン・フィルとのライヴ録音をFMでエアチェックしたものより小生は素晴らしいと感じております。
ベーム博士はこの楽団をことのほかお気に召しておられた、その期待に見事に応えた演奏であります。
チャイコフスキーはロシアのムラヴィンスキーを始め名盤が多いのですが、どれも感情移入たっぷりの演奏であり、小生はまるで演歌だなと思っておったくらいであります。
チャイコフスキーはそういう作曲家だという固定観念がありますので、日本人には殊更人気が高いのではないか、そう考えていたのであります。
しかしながら、博士の解釈はそうではありませんね。
チャイコフスキーはロシアの作曲家を代表する作曲家と呼ばれることを嫌っていたようでありましてブラームスを尊敬しておりました。
そうした彼の西欧指向の大きな果実が第5交響曲だと思うのであります。
ならば、ロシアの指揮者やチェリビダッケ、カラヤン、ヴァント、アバドなどの演歌のこぶしををまわすが如き解釈には違和感を覚えます。
全曲を通してセンチメンタルに浸ることはなく、演歌調解釈者のようにテンポを揺らすこともありません。
金管楽器が咆哮するのも終楽章くらいです。
博士の解釈の特徴は作曲家が誰でも楽譜に書かれているリズムやテンポを絶対に変えないことでありますが、チャイコフスキーでもその姿勢を崩しておりません。
こうした解釈を全曲通して聴きますと、チャイコフスキーはもっと理知的に演奏しても良いのではないかということです。
余りにも情緒的・感傷的な解釈が多過ぎるのは如何なものでしょうか?
ベーム博士の知的な解釈が従前のチャイコフスキー像を良い意味で一変するものであると考えたからです。
小生の拙文にお付き合いいただきまして誠にありがとうございます。
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